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初日

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あぁ疲れた。っていうか疲れた。もう、「疲れた」ぐらいしか言うことがないぐらい疲れた。

今日から新しい職場で仕事が始まったわけだけど・・・。ぶっちゃけ、なめてました。僕が悪かったです、ごめんなさい!

正直、「疲れるほど疲れないだろうな」と思っていたのだけど、疲れましたね~。教育なんて無でいきなり実務だし、想像以上に濃厚な人間関係で、「孤独って素晴らしい」と人生で何度かしか思わないようなことを思ってしまい・・・。

何より、便所が残念すぎた。学校のトイレ未満である。もう時効だと思いますが(笑)、前の会社では、集中力が切れたらトイレにこもってツイッターとか見てましたけど、そういうことはできない。なんというか、物理的にいやだ。和式だしうんこ臭いし狭いし・・・。給料を多少減らしてもいいから、今の便所を全部ぶっ壊して新しくウォシュレット装備の快適トイレにしてほしい。朝の通勤だってね、「会社に着けばとりあえずウォシュレットのあるトイレに行ける!」と思えば頑張って我慢できたものを、これからは「洋式なだけ駅のトイレがまし!」と思ってしまうかもしれない。

あとは、職場の最寄り駅があほみたいに混雑するとは、思っていなかった。ぶっちゃけ、「横浜駅はやばい」と思っていた俺が浅はかだった。なんか、ホームも改札も「満員電車か?」と思ってしまうほどの人の山で、なんか、もう、「芋虫じゃね?」みたいな・・・。地上から撮影したら、働き蟻がむらがっているようにしかみえないことだろう。っていうか、あれなら通勤時間帯の渋谷の方が3倍ぐらいましだよ。あぁ、残念すぎる。

まぁ、細かいことを書き始めたらきりありませんが・・・。私の描いていた青写真は、割と妄想だったのかもしれないなとか、目標は強制的にでも立てた方が成長に繋がるんだなあとか、やっぱり閉鎖的な空間は居心地が良い分周囲から異質なものになるんだなあとか、まあ、書き始めたらきりがありません。

初日なんてこんなもんかもしれないけど・・・。前の会社だって、入社初日に辞めたくなったし・・・。現実は厳しいですな。とりあえず「石の上にも3年」をマジで実効しないとどうにもならなさそうなので、目先の目標は「石の上に3年座るだけの覚悟を持つこと」にしようと思います。それじゃだめじゃね?

ああああああああああ!酒飲んでもぜんぜん酔わないし。いやもう酔っぱらってる?わかんねえ?いや、まぁ、ちょっとヤケ酒してるだけだから気にしないで!む~む~、あぁ苦しい。さようなら。

今日は飲まないようにしようと思っていた。いよいよ明日から新しい職場でnext stepを踏み出すことになっているから。

でも、飲んでしまった。結構大量に。いや、最初は「明日に備えて飲まないようにしよう」と思っていたのだけど、だんだん「いや、変にペースを変えないで飲んだ方が良いのでは?」と思うようになり・・・。気が付いたら、このざまだ。「どうせ飲むんだから飲み行きましょうよ」と友達に言われたのをわざわざ断った意味がぜんぜんなかった。ごめんなさい。

それはさておき、まあ、明日からがらりと変わるわけで・・・。眺めの連休だというのに、酒を飲んだのと、Windowsサーバのイベントログにエラー出力された場合にメール送信されるツールをしこんだこと以外、これといって何もしてなくて、どうなんだろうと思う部分はあるけれど、まあ、とりあえず明日からは今までと違うのですよ。

準備のため鞄をごそごそやってて、いつも内ポケットに入れていた社員証が無くて「あれ?!俺ひょっとして貸与物無くした?」とか一瞬思ったけど、いやいや辞めたんだから持ってなくて当然だよ!俺のばーか。

ああ、もう酔っぱらっててまともなこと書けない。でも、なんか書いておかないと忘れちゃうから書くんだけど・・・。

俺もつくづく未練がましい卑屈な人間だなあと思うわけだけど、今更、「やっぱ前の会社でもうちょっと頑張ればよかったかな?」とか思っちゃうのよね。いや、まあタイミング的にここしかなかったので結果的に変わりはなかったんだけど・・・。ただ、大学院を辞めるときはそういうこと思わなかったなあ。「やっと解放される」という感覚が強かった。今思えば、なんで俺は大学院行ったんだろう。なんも考えてなかったなあ。それに比べて、とりあえず、表面的にも目的を持って路線変更できた今は多少進歩したということなのかしらね。

前の職場に未練があるのは、たぶん人間関係が、後半は良好だったからだと思う。前半についてはあえて触れまい。とにかく、退職時に在籍していた部門の人は、とても優しくて、感謝している。まぁ、たぶん会社の風土もあるし、いろいろな圧力だったり個人的な思い出あのような雰囲気になっていたとは思うけど、そいう面倒な話は抜きにして、ほんとに良い職場だった。あんな職場は、たぶん俺にとって二度と出会えないだろう。

新しい職場では、しばらくは地味な仕事になると思う。ひょっとしたら、政治的な力の兼ね合いで俺の思い描く方向にはならないかもしれない。そういう意味ではギャンブルだと思っているんだけど、そこらへんは、周囲の人たちの力も借りながら頑張ってみたいと思う。なんか、知らなかったけど、実は今度の業界には知り合いが多いようなので...。

ただ、一つだけ忘れないようにしたいと思っていることは、技術を追及することに力を入れること。それは業務面でもそうなんだけど、どちらかと言えば個人的な領域での話。前職は、新技術でイノベーションするというよりは、インフラストラクチャとしてのシステムを維持するという意味合いが強い職場だったので、個人的な興味・関心よりも、安定的なITシステムの運用という面を重視せざるをえなかった。しかし、今度の業界はIT関係じゃないので、少なくとも、個人的な時間をITの新技術なり、自分の興味・関心に振り分けることができる。具体的にはNVDAを改善するためのアドオン作ったり、まぁ、そういう細かいことで、別に大きなことじゃないけどね。ゆくゆくは「情報保障」の観点でアクセシビリティ技術を応用してコンテンツを提供するための技術的な基盤を整えたり、「コンテンツの活用方法」といった面で、プライベートでも業務でも関われるようになることがベストだとは思うけど、まずはね。そういう心掛けでいきたいと思います。

まぁ、実際のところ俺はそんな大層な人間ではないですけどね。「毎日を必死に生きる!」とか言っておいて、毎日夜遅くまで、というか、朝早くから、というか、そういう時間から飲んでですね、飲みすぎて1日無駄にすることが数日続いて、「あぁ、廃人だ、せめて最後は俳人でありたい」とか意味不明なこと思ったりするんだけど・・・。

では最後に。僕はね、Facebookのプロフィールの職業欄に「お花屋さん」って入力したいんだけど、できないよね?いや、できるかもしれんが、俺はネットの世界では「お花屋さん」でありたい!「仏壇販売業」とかでもいいけど・・・。やっぱり職業と言ったら、「お花屋さん」か「パン屋さん」か「パイロット」だろう。パイロットだとしたら、俺はF15Eのパイロットがいい。なんでEかというと、そりゃもちろん、ストライクイーグルだからだよ!いやまぁ、それはいいとして、お花屋さんとかパン屋さんとか、実際に経営するとどうなんかね?とある洋菓子店は、クリスマスになるとあほみたいな連中が次々とケーキを買っていくけど、普段はだれもいないっていう、「なんていうか、どうなの?」って状態だけれども、そういうのでもフランチャイズできるってことは、それなりになんとかなるってこと?うーん、分からん!SI企業の収益モデルはこの数年でだいたい分かったけど、個人店とか、季節感のあるチェーン店の収益モデルは今でもぜんぜん理解できない。

でもね、前は「ルーチンワークなんてつまんねえ」って思ってたけど、世の中のほとんどってルーチンワークだよね。というよりは、目に見える形ではルーチンなんだけど、ルーチンになるまではすごいんだろうなあと思う。豚骨ラーメンのスープを作る仕事にしても、車の製造ラインにしても・・・。もう、だめだ。世界がぐ~るぐる~!

こんなんで俺は明日7時に家を出て、ちゃんと仕事場にたどり着けるんかね?一応昨日確認しに行ってみたけどね。地震でプルプルだったけど、そこは我慢してあえて行ったら、いや、まあ、プルンプルンだったよ。コラーゲン万歳!大日本帝国万歳!

以上です。ああ、さっきからトイレ我慢してたの。じゃあ、行ってくるね。あ!?ジョロ~。

その昔、会社帰りにコンビニでビールを買って、ちょうど夏だったので我慢できず、道半ばにしてプルタブをプシュっとやり、そして、「ビールといえば野球」なので、ワンセグで野球中継を見ながら歩いていたところ・・・。

慣れてる道とはいえ「さすがに盲人がこれやるのはちょっとなあ」と思いつつも、でもビールうまいし、野球は良い場面だし、とりあえず自宅へ向かって歩いていたわけだが・・・。そこで突然後ろから声をかけられた。

「あの・・・。いつもお見かけするんですが、どちらまで行かれますか?宜しければ一緒に行きます。」

若い女性の声であった。あぁ、なんと。聖母マリア様はおいでであった。マリア様は見ていらしのだ、堅実に仕事をこなす私のことを・・・。だから、このような形で褒美を与えてくれたのだ。

とまでは思わなかったけど、「あ、どうも、有難うございます、では○○まで・・・」と言いかけて、ふと我に返った。片手にビール、片手に携帯を持ち、ビールを飲みながら野球見てた俺は、どうやって手引きしてもらったらええのん?

女性の申し出はとてもありがたいことだった(まあ、サプリメントとか押し売りされるまでは)。ただ、暗がりで後ろからは見えなかったんだろうけど、白杖かかえながら、両手にビールと携帯を持って歩く人に声をかけてくれるなんて・・・。あぁ、いや、だったらこれからも歩きながらビールのもうかな(笑)。

そういう、昔の一場面。なぜ、そういうことを思い出したかというと、ぜんぜん関係ないんだけど、中学生のころメル友だった子とのやりとりを読んだら、なんか思い出したのである。かなりどうでもいい話。

で、なんでそのメールをほじくり返したかというと、メーラーを乗り換えようと思ってるんだけど、データの移動がぜんぜんうまくいかなくて、あまりにイラっときたので、ちょっと和もうかと思って、手近なところにあった中学生時代のメールを手を伸ばしたという次第。ああ、ガキだったわ、俺。女の子の方がませてるっていうのは、中学生ぐらいの年齢でも当てはまるらしい。書きながらちょっと面倒なこと思い出したわ・・・。東京に出てきてから「変わったね」とかメールきて、そのまましばらく返事こなくて・・・。あぁ、まぁ、いいや。

あ~あ。社会人にしては長い休みを過ごしてきたけど、それも明日までか。ま、特段悪いこともなかったのでいいのかな。・・・

久しぶりに実家で家族4人そろった。

今はまだ、俺も弟も独身なんであれですけど、弟が結婚したりしたら、どうなるんかね~。嫁さんがきたら、実家に俺が寝るスペースないなあ。そうしたら、まとまった休みは帰らずに、特に何もないときにこそこそ帰ることにしよう。

それはともかく、私は墓守としての役割を果たすべきだと思うが、無理そうだなとも思うし、でも親が墓に入るときぐらいは親の意思を尊重したいところだが、仮に距離的に近いとしても俺が墓守できるかどうか、という点で微妙なわけで・・・。

もちろん、今の世の中「桜葬」とか「散骨」など、様々な葬り方があるんだけど、それは私たちの世代にとっては多様な形式として受け入れられるとしても、昔かたぎの人がそれで納得するかというと、それは分からないわけで・・・。「寺じゃないといかん」と言ってる親父の意思を無視して、勝手に神道で葬式とかやったら、いや別に実害ないと思うけど、心の持ちようとしてね・・・、「いいのかな?」っていうのがあるのでね。

まぁ、俺が死ぬとき、葬ってくれる人がいるのかいないのか知らないが、あとくされなく存在が残らない形でやってほしいものです。

でも、どうなんかな。ほんとは、惜しまれるのが一番幸せなんだと思うけどね。ごめん、また思い出しちゃった。

ほんと、ごめんなさい。今からすごく無責任なこと書きます。

人間、何かを失ったときに「喪失感」を味わうのはごく普通のことらしい。「家族の死」みたいな、自分ではどうにもならん事象に対しては確かにそうだと思うんだけど、まさか自分で決めたことについて、しかも俺自身にそういう状態が起こるとは思ってなかった。

なんというか、喪失感というと少し違う気がするんだけど、今まで当たり前にしてきたことをしなくていいとなってみて、なんか微妙・・・。もちろん身体的にも精神的にも、とても楽なんだけど・・・。ほんとごめんなさいね、今更「これで良かったんだよね?」と、つい自問してしまったりする。

自分で決めた路なので、「良かったよ、だからつべこべ言わずに前へ進め」というのがおそらく答えなんだけどね。まぁ、それを否定も肯定もする気はないが、少なくとも否定はしません。わけわかりません。

で、そこは端っこにやったとして、じゃぁ、虚無感にも似たこの感情は何なのかと考えてみると、一つの答えにたどり着いた。「承認欲求」とか「存在証明」とか、そういった類のものだ。

会社では、どちらかといえば、俺は一人でもくもくと作業することが多かったので、仕事してるときは、直接的にリレーションシップを感じることはなかったんだけど、それは単に無意識なだけで、本当はいろいろな人と関わり、自分の存在を認識できていた。もちろん、「たぶん俺はそう必要とされてないな」と思わなかったかといえばうそだけど、結果的には、(必要か否かということは抜きにして)いろいろな人とつながってて、無意識のうちに俺はそれを自分の価値に結び付けていたことに、ほんと今更気づいた。

ここ数日、SNSへの俺の投稿頻度が上がっているのは、たぶんそれが関係している。ゆるい形に変容したとはいえ、これまでのリレーションシップが多少なりとも維持できる状態をSNS上で、これまでに作った。そして、それを本格的に維持するために、ここのところ、SNSへの投稿がアクティブになっている。そういうことだろう。

っていうか、こんなこと書いて、俺は何がしたいんかね?さっぱり分からんこともないけど、なんか、こういうことを書いてしまい、ちょっとためらいながらも、ポストしてしまう自分が、なんか微妙・・・。

まぁ、「自分はここにいるんだ!」ということを、自分で認識できる手段が、たまたまSNSだったので、そうしているだけなんだろう。そして、今はどうか知らないが、少なくとも、そういう感情を抱いたことを後で思い返して懐かしめるように、こうして文章を残しているんだろう。

ま、会社でのリレーションシップを保持しておきたい理由は他にもあるかもしれんけど、まぁ、分からん。まあ、いいや。個人n的なこととかもあるけど、まぁ、それなりに大きな会社から、だれも知らないような職場へ転職するんで、親戚に言うときもなんか・・・みたいなのは無いこともないけど。怒られちゃうね、そういうことで判断しちゃね。自分の仕事にプライドを持てることが、一人前の要素だと思うから、頑張ることにします。

言っておくけど、割と葛藤してんだよ、俺は(笑)。

そういや、「俺の思い出って、どういう形で残ってるんだろう?」とふと気になったので、思い出してみることにした。

たいてい、普通の人は思い出に写真を残すことだろう。旅行や観光、何かの記念、いろいろな場面で写真を撮る。そして、アルバムを作る。昔みたいに、1冊の本に現像した写真を張っていく人もいれば、電子端末にデジタルデータとして写真を管理している人もいるだろうけど、とにかく、写真で思い出を残すことが多いはず。それは、多くの人、そして多くの場面において、目に映った出来事が思い出になりうるものであり、かつ、最も鮮明な思い出たりうるからだ。

けれど、全盲の私としては、写真とかあっても、「何の写真だっけ、これ?」という、思い出とはかけ離れた感想を持ってしまう。いや・・・。今は携帯とかデジカメで写真撮って、タグを付けたりファイル名を工夫したりすれば、どんな写真かをテキストでも確認できるように保存できるけれども、正直、俺はそんな面倒なことはしたくない。してもいいんだけど、めんどい。

そういうわけなので、盲人が思い出を残すとなると、記憶するか、または音声を録音するかのどちらかということになる。盲学校にいたころは、先生が気を使って、保護者用に写真を撮るのと同時に、例えば修学旅行の様子を録音したりして思い出を残す工夫をしてくれていたものだ。ただ、当時、音声を録音するのにカセットテープが主流だったけれど、今、私の手元にカセットテープを再生できる機械がないので、実家をあさってそのカセットが出てきても、思い出を再生することはできないんだけど・・・。そういう風に考えると、昔の写真でも、端末に左右されず閲覧できていいなあ。

でだ。学校にいたときは、そうやって周りが気を使ってくれてたり、記録として録音するという文化が当たり前だったんだけど、健常者の世界に出てくると、当然そうではなくて、さっきも書いたように、思い出としての記録は主に写真である。で、俺的に写真撮っても、あとあと思い出を懐かしむ材料にはならないので、そういうものは自分で撮ろうと思わなかったし、他の人が撮ったものを焼き増しするというようなことも考えてなかった。

そういう感じで今まできたから、最近不安になることがある。俺は事実上、自分の記憶にほとんどの思い出を残している状態だけど、この記憶はいつまで持続するんだろうか?

まぁ、私の目が、将来仮に見えるようになったときのために、少しぐらい写真を残しておいてもよかったかもしれない。一般常識は外れるけど、事情を説明して、何かの様子を録音させてもらえばよかったかもしれない。そういう風に、自分の身体と切り離した形で、思い出を残しておいた方が、よかったかなあと、ちょっと、ここ2,3日思っているわけである。

特に、最近のソーシャルメディアの普及が、よけい俺にそう思わせるのかもしれない。写真をアップロードするのが目的のSNSもかなり普及しているし、Facebookなんかは、テキストも書けるけど、どちらかといえば [picture-based SNS] という感じ。これらは、自分の写真を他者と共有できるのが良い点であり、これまでは同じ「時」を共有している人たちが思い出を共有していた状態を、サービスベースで思い出を共有できる形へ変化させた。

ここで注目すべきは、普通の人のFacebookの利用方法と、盲人のFacebookの利用方法は、割と異なるということだ。普通の人は前述したように [picture-based] なんだけど、盲人同士の友人が多い人は、Facebookであっても、テキスト中心のコンテンツをアップする傾向が強い。また、盲人だけど周囲に健常者が多い人は、テキストを中心にしつつも、ときどき写真をアップすることがある。

で、いろいろ長く書いてきたけれども、Facebookの友達だって、比較的強いリレーションシップの人もいれば、弱いというかゆるいリレーションシップの人もいるわけで・・・。盲人コミュニティとは比較的強いものの、健常者コミュニティとは割とゆるい繋がりであると、自分自身のことを考えている俺としては、「うーん・・・。」という感じなわけである。

その、思い出を共有する形態がね、プラットフォームは同じでもコンテンツが違う故に、事実上共有できてないし、だからといってこっちから共有できるようなものもないし・・・。

できることなら、音声も共有できるようなSNSだったらいいんだろうけど、でも個人的にはそれだけじゃだめだと思う。それだけ、というか、写真も音声も共有できたって、そもそも普通の人と盲人は、視覚情報が有るか無いかの違いによる「感性の違い」が割と著しいから、技術的に音声コンテンツの共有が簡単にできても、コンテンツとしてアップする人たちは、前述のテキストベースの人たちが移転してくるだけになるんじゃないかな、と思う。

なんか、だんだん話が逸れてきたので元に戻しますけど・・・。俺の不安としてはですね、一義的には「形に残らない思い出を持続できるか怪しいことが不安」であって、他には、さっきみたいに他人と自分の思い出を共有できるプラットフォームがあるのにうまく共有できないことについて微妙な気持ちになったりするし、あとは、もしも結婚式とかを自分がやるときに、「スライドで流すような写真なんかねえなあ」ということも思ったりするのである。

まあ、一番最後の問題は、当分私は結婚しない予感がするので、対して心配することではないかもしれない。

結婚といえば「結婚するためにはいろいろな処へ出かけなければなりません。積極的になってください」と、つい先日アドバイスを頂きましたが・・・。まぁ、努力はしてみようと思うけど、結婚は、たぶんそう単純にできるもんじゃないと、俺は思うなあ。相手が盲人だったらそう壁はないかもしれんけど、運よく健常者の彼女ができても、ご両親が偏見の塊で破断になること、多いみたいだし・・・。いや、まあ、好きになったら、相手がどんな人だろうと関係ないかもしれんけど、好きになるまでのプロセスが、俺にとっては一番問題なんだよ。

まぁ、いいや。結婚については、もっと酔っぱらったときに気が向いたら書こう。自分の結婚感とか書いたら、だれとも結婚できなくなるかもしれんけど、まぁ、しかたないね。長期的な視点を持たず、こうやって酔っぱらったノリで文章書いちゃう時点で、もうだめだ。さようなら。あぁ、心が苦しいよ。

題名のとおり、「私事」という単語を、自分が自由きままに書いているブログで書くのは、ちょっと「どうかと思う」けれども、それはそれで、なんとなく奥深いというか、あほみたいなので、やっぱり書きます。、

私事ですが、本日、会社を辞めました。自分が他人の「退職告知」を読む度に「そんなもん書く人の気持ちは5割ぐらいしか分からん!」と常々思っていたけれど、今日、8割ぐらいは分かる気になったので、したためているということである。

さて、今の会社と言ってよいものか・・・。とりあえず、今日まで出社していた会社。相対的には、長く世話になったとは言えないかもしれない。が、初めて勤めた会社ということもあり、どっぷりその会社の文化にひたったのではないかと、我ながら思う。

文化とか、方針とか、個人的にどうかと思う部分はあったにせよ、こう言っちゃなんだが、俺はこの会社に拾われたと言ってもいい。大学院に進んだものの、なんだかんだで中退して、リーマンショックの影響が波及する前に運よく入社できた会社。全盲という、正直、俺自身も「どういう存在なん、それ?」と思うような人でも、雇う決断をした会社。

関係者が読んでいることを承知であえて書くが、この会社を私が「好きだったかどうか」と尋ねられれば、「Yes」とは即答できない。もちろん、それなりに大きな企業だったので、体裁は整っていたけれど、それなりに大きい故に、矛盾した側面もあったように思うし、それでも、きちんとした側面はあった。

様々な要素を内包していた会社。組織として見た場合の感じ方はそういうことなんだが、同僚、上司、仕事上で関係のあった人々、それぞれを個々に考えると、皆良い人であった。技術者としてのプライドを持ちつつ、もちろん技術職でない人も、自分の役割をきちんと果たすという意識を感じたし、相対的には優秀な人材がいた会社だったのかなと、今になって思う。

けれど、私は、会社を辞めることにした。それは、次の、全く違うステップへ進むためである。めんどくさいし、最近は物騒な世の中なので、詳細は書かないけれども、私は私の決断を正しいものと信じている。

新しいステップに対し、希望はある。自分の実現したい夢もある。同時に、現実を見れば、そのような綺麗事ではなく、もっとドロドロした財源とか政治的リレーションシップのような、ビジネスではあまり想像のつかない領域に、ひょっとしたら足をつっこまないといけないかもしれない。まぁでも、それはそれでありじゃないか。別に、それで失敗したなら、また、別のことを探せば良いだけ。

正直に書きますが、今朝までは、「今日で会社を辞めるんだな」という意識はほとんど持たなかったし、関係者へ挨拶しているときも、そんなに意識することはなかった。でも、飲んで帰って着て、割と酔っぱらっているけれどもうちょっと飲みたい気分でちょっと飲んだ今、今になっていろいろ思っている。

人間、自分は大してウェイトが高くないと思っていることでも、他人からすると、結構ウェイトが高いように言われることもあるし、逆のこともある。お世辞にも私は会社に利益を与えたと言えないが、・・・いや、そうではないと言ってくれる人もいるかもしれないが・・・。終わってみれば過去のこと、でも、感じている今は今なので今なんだ!

そういうことなので、最後の「ギュー!」は忘れません。

ところで、入社した当初にお世話になってた人のところへ挨拶に行ったときのこと。「メール送っておいたから」と言われて、席に戻ってメールを開いたら「真剣に結婚を考えろ」と書いてありました。まぁ、そういう年齢ですがね・・・。どういう意味ですか?「凪のあすから」を見て、「片思いが一番美しい」とかいう感想を述べる俺に、どうやったら結婚を現実的な人生のライフプランとして認識できるんだろうか?っていうか、「ギュー!」が忘れられなくて割と困っています。

そういうわけなんで、もう、何を書きたいんだか、さっぱり分からんね、これは。

では最後に。

なんだかんだ、この会社で良かったよ。人間、ないものねだりするのが常だから、在職中に思ったことは、真実であり願望であり希望であったが、今となっては、悪くない思い出です。

今後は、別に自分を高めるわけでもなく、とりあえず、いつ死んでもいいように、毎日を必死に生きて、余力があったら将来の自分と、それから、将来の子供たちへ、希望を繋ぐ仕事をしていきたいと思います。というのも、隣の部屋で、あかちゃんが「夜泣き」しとるもんだいね~。

それでは、また。とりあえず、仕事じゃなく遊びに、今度横浜行こう!確か、去年の終わり、シベリア鉄道だと思っていたら、ただの東横線だったとかっていう意味不明な出来事がおきたけど(笑)。

会社帰りに、傘を忘れることがしばしばある。雨の日、朝出勤したら傘立てに傘を置いておくのだが、退勤するときに99%の確率で傘を忘れるのだ。

普通、窓から外の様子を見たり、帰り際に傘立てが目に入って傘のことを思い出すのだろうけど、全盲だとどっちも無理なので、石木しておかないと忘れてしまう。傘は雨の日にしか持たないのでなおさらである。(ただ、ググると普通の人でもよく傘を忘れるらしいことは分かった)

傘を忘れないで帰るために、何か良い方法はないだろうか?そう、いつも考えているのだが、どうもしっくりくる方法がない。

まず思いついたのは、傘と自分との距離が一定以上離れたら、音や振動で知らせてくれるツールだ。実際、次のような商品がある。

もう売っているのか分からないが、その商品は、発信機と受信機がセットになっているもので、傘に発信機を取り付け、受信機を自分のポケットかどこかに入れておく。すると、10メートル程度傘と自分の距離が離れると、受信機が振動して、傘から離れたことを通知してくれるのだ。

この商品により、傘を置いたまま帰ろうとしても、途中で気がつくので、傘を置いたまま会社を出ることはなくなった。そういう意味では、要求を満たす商品だったのだが、当然問題点もある。

第1に電池の持ちが悪い。一応電源はあるけど、電源を入れっぱなしで2,3日しか持たない。これに「電源切り忘れ」という合わせ技が入ると、「いざ出陣!」というときに電池がなくなっていることに気づく、という悲しい事態となる。

第2の問題は、10メートル以上傘から離れると、受信機がブーブーうるさいことである。いや、だから忘れないのだけど、そもそも傘立てと自席が10メートル以上離れている場合、うっとおしいこと極まりない。この商品を買ったころは、傘立てが席に近かったのでよかったが、席替えした後だいぶ傘立てから離れてしまったので、もうブーブー・ラッシュって感じであった。このケースでは、受信機の電源を切ることでブーブー・ラッシュを回避できるけど、「それじゃ意味ないじゃん!」ということに読者の方はもう気付いたに違いない。

こんな感じで、そう悪いアイデアではなかったが、この方式で傘忘れを防止することは、結果的に無理であった。

さて、それから「傘忘れ防止方」の検討をすっかりさぼってしまったのだが、昨日傘を忘れたおかげで、会社ビルの中を2往復もしてしまったので、ちょっと真面目に考えることにした。

スマフォを常に持ち歩いているのだから、これを利用してしまうのが、傘忘れには効果的と考えられる。

そこでiPhoneの「リマインダー」に「傘を持って帰ること」と登録しておけば良いのではないかと思い付いた。だがすぐに問題点に気づいた。

リマインダーに登録するのを忘れると、傘を忘れてしまうのだ。

これを防止するためには、リマインダーに登録することを忘れないよう、リマインダーに登録しておくことが有効と考えられる。が、リマインダーに忘れないようリマインダーに登録することを忘れてしまっては意味がないので、「「リマインダーに登録するのを忘れないようにリマインダーに登録する」ことを忘れないようにリマインダーに登録する」ことが必要だ。でもやっぱりリマインダー登録を忘れると意味がないので、「「「「「リマインダに登録するのを忘れないようリマインダーに登録する」のを忘れないよう」・・・」・・・」・・・」。

このように、リマインダーを使うと、無限ループが発生する。無限ループっていうか、LISPの括弧地獄をちょっと思い出した。

従ってリマインダー利用は却下なのだが、今思い出した。昔、携帯メールに「傘忘れるな」と朝メールしておく方法を考案したことがあるが、朝メールを送るのを忘れると、傘も忘れてしまうので、結局使えなかったのだった。どうやら「車輪の再発名」的なことをしていたようだ。

そうなると、あと思いつくのは、アプリを作ることぐらいである。Google先生でも Weather News でもなんでもいいけど、天気情報を取得できるAPIを提供してるWebサービスをマッシュアップして、「朝雨が降ってた日の夕方にプッシュ通知する」機能を実装すれば良い。っていうか、Google Nowとかでやって欲しい。インストールして数日しただけで人の職場を勝手に判定してたんだから、Google先生ならこれぐらいやってても良さそうだが・・・。

と思ったら、冒頭で少し触れたが、同じようなことを考える人はいるらしく、もうアプリが存在していた。でも、やっぱり自分でアプリを起動しないといけないので、忘れそう。

傘もった? - Google Play の Android アプリ

なお、「今日は傘が必要か?」を教えてくれるアプリは何種類かあるけど、「傘を忘れないように」との趣旨のアプリはこれぐらいなのかね。

ちなみに、傘忘れを防止するために、みんながどんなことをしているか、以下のサイトに掲載されている。なんだか、これを読んだら力が抜けた。さようなら。

地味に役立つライフハック! うっかり傘忘れをなくす方法 - トレンドニュース

渋谷駅の戦い

  • 日常
【戦闘】 渋谷駅の戦い
交戦勢力
俺、 うんこ
地  点
渋谷駅
日  時
2013年12月5日 0818時~0849時
激戦 地
渋谷駅トイレ
結  果
俺の勝利

本日朝、通勤中に「渋谷駅の戦い」が勃発。大量の戦死者を出しつつ、我方が肛門付近でうんこ新劇を阻止した。その後休戦協定の後、速やかにうんこは便器へリリースされた。

以下に背景を含めた戦闘報告をまとめる。

■開戦前

0716時。大腸付近でうんこ軍の一部による反乱が発生。反乱軍は鎮圧されたものの、うんこ軍側が「反乱の原因はお前らにある」との主張を始めたため、我方も即座に外交ルートを通じてうんこ軍と接触した。

0723時。自宅トイレにて代表同士が会談。我方はうんこ軍に対し、毎朝の習慣である「排便」を速やかに実施するよう強く要請したものの、うんこ軍側はそれを聞き入れず、大腸に駐留し続けると通告してきた。

0740時。自宅トイレでの交渉妥結を見ぬまま、我方は出勤を余儀なくされた。この時点で、我方は戦略を「排便」から「一定期間のうんこ軍駐留容認」に切り替えねばならなかった。

0815時。それまでにもうんこ軍の小規模な反乱は断続的に続いていた。そのため、通勤電車の中でも、外交ルートを通じて「自制ある対応」をうんこ軍に求めていたが、うんこ軍側は一方的に国交断絶を通告してきた。

■開戦後

0818時。我方に対してうんこ軍が正式に宣戦布告。それと共に我方もうんこ軍に対して宣戦布告した。この時点で、我方は通勤電車の中にいたため、形勢は断然うんこ軍側が有利であった。

0819時。うんこ軍特殊作戦コマンド(略称:USOC)の1個小隊が肛門に強襲空挺高架。肛門の防衛に当たっていた肛門括約筋の1個歩兵師団がこれを撃滅した。

0822時。USOCの別働隊が後方に空挺高架すると共に、大腸から新劇してきたうんこ軍主力の2個機甲師団が合流。圧倒的な兵力に肛門括約筋はなすすべなく、撤退を余儀なくされた。このときの肛門括約筋の損耗率は3割である。

0824時。短時間で肛門を制圧されたため、我方は再度戦略を「排便」に転換し、戦術として渋谷駅でいったん下車することを決めた。

0827時。本作戦地域の地形を全く把握できていなかったため、駅員にトイレの位置を尋問したところ、「場所が分かりにくいですからご案内致します」と言われた。神風が吹いたと我方の司令部は安堵したことだ。そのため、肛門括約筋にはアナル付近での遅滞作戦を実行しつつ敵を足止めするように命令した。

0830時。「今人出が少なくて応援を呼んでますからもう少しお待ちください」という駅員の言葉に、向こうの事情はあるにしても、憤怒の感情を覚えつつ、我方はその場で停滞するしかない状況であった。しかし敵の構成は激しく、三つある防衛ラインのうち2ヶ所が撃破された。

0834時。ようやく駅員さんという増援が来た。すでに三つ目の防衛ラインもいつ撃破されてもおかしくない戦況であったが、我方は敵をキルゾーン(トイレ)におびき出して撃滅すべく行軍を開始した。

0837時。作戦ポイント(トイレ)に移動完了。しかし、「個室が空いてない」という、割と簡単に想定できる状況に陥り、ここでも足止めを食らうことになってしまった。そのとき、とうとう三つ目の防衛ラインが突破され、突出した敵の機械化歩兵1個中隊がアナルを越えた。突破された肛門括約筋のうち、一部の部隊が敵を追撃し、アナル付近で足止めしていたものの、状況は最悪であった。

0842時。水を流したのにぜんぜん出てこない糞親父とか、ブリブリ音を立てながらトイレットペーパーを巻いたと思ったら鼻をかんだだけだった糞親父とか、ゆるりと個室の掃除をしているおばちゃんなどに激怒しつつ、敵の侵攻をなんとか食い止めていたところ、やっと一つ個室が空いた。ようやく我方が反撃できるときがきた。

0845時。温存しておいた戦闘機の4個飛行隊によってうんこ軍の機甲師団に空対地攻撃を加え、さらに撤退中に敷設した遠隔起爆式の対戦車地雷を一斉に起爆。キルゾーンで敵を撃滅した。

0847時。うんこ軍総司令官のインドール将軍からうんこ軍側から停戦の申し入れがあり我方もこれを受諾。平和裏にうんこ軍は便器へ撤収した。

0849時。うんこ軍の撤収が完了し、戦闘は終結した。うんこ軍は、その後排水管を通じて下水道へ脱出したとみられる。

■教訓

元来、朝ご飯を食べたときはうんこ軍の反乱が発生しやすかったが、そのような場合はトイレでの交渉に費やす時間が多かったので、大規模な戦闘は回避できていた。

しかし今日は朝ご飯を食べていないにも関わらず反乱が発生。朝ご飯を食べないときは交渉する時間もないため、和平協定の締結に至らず、戦闘が勃発してしまった。

従って、朝ご飯も食べるにしても食べないにしても、朝早起きは必要である。

また、肛門括約筋の損耗率が高い状態での行軍は、我方に多大な負担になることも判明した。正直、歩くことで肛門括約筋の活動が制限され、結果的にうんこ軍のアナル突破を許してしまった。

以上で戦闘報告を終了する。

全盲が一般企業で働く際、困ることはいろいろあるけれど、今日はIT以外のことで・・・。

1. 人の在籍状況がよく分からない

だれかに用事があって話しかけたりしたいとき、その人が席にいるかどうかよく分からないときがある。キーボードを打ってたり、話をしていれば分かるけれども、じ~っと書類や画面を見つめている人までは認識できない。
外資系オフィスのようにパーティションで区切られて手、座ったままだと周囲の様子を見られないようになってれば、ためらわず内線をかけたりできる。けれども、「著しく生産性を低下させる」とどこかの新聞で揶揄された、オープンな、日本企業のオフィスだと、同じ島の席の人に内線を掛けるのはちょっと・・・。だからといって、同じ島でも、机二つ文ぐらい離れると、音だけでは在籍状況はよく分からないし、ましてや隣の島とか、普通だったら見える距離だけれども音でいろいろ判別するには微妙な距離となるとどうしていいのやら・・・。
まぁ、恥ずかしがらずに声を挙げて名前を呼べばいいのだが・・・。静まり返ったオフィスでは、私はあんまりやりたくない。
こういうときに、社内用のインスタント・メッセンジャーは便利そうだなと思う。うちの会社みたいに、メッセンジャーというだけで毛嫌いされてしまう敏感な会社じゃ、導入は無理だと思うけど。

2.電話の保留がわけわかめ

先進的というか、多くの会社では、部署単位または会社単位で、電話の保留バンクというのを持っていて、かかってきた電話を保留したときに自動的に空きバンクに保留するようになっている。保留された電話を取るときは、自分宛ての電話が保留されているバンクを選んで替わるわけだ。
この場合、他人が取った自分宛ての電話を取るのはそんなに難しくない。保留バンクの番号を教えてもらって、ボタンを押せばいいだけだ。
でも困るのが、自分が他人宛ての電話を取ったとき、どの保留バンクに保留されたか分からないのである。普通はランプでどの保留バンクか見るので・・・。そうすると、替わりたい相手に「保留何番にお電話です」と伝えなければならないところ、伝えられないということになる。みんな、どうしてるんだろう?
ちなみに、うちの会社の電話はそんな高機能ではなくて助かっている。保留バンクなど無くて、人に電話を替わりたいときは、単に替わりたい相手の内線電話に転送すればよいだけである。それか、受話器を渡すのだ(笑)。

3.席替えのときはほぼ役立たず

配置転換や担当業務変更などでチームが替わると、それに合わせて席替えすることがあるが、そのとき全盲はほとんど役に立たない。非常に居づらい。いっそ、席替えの日は遊休消化したいぐらいである。
手伝おうにも、だいたいそういうときはフロアがゴチャゴチャになるので、こちらとしても同僚としても「ちょっと動かないで!」ということになるのが通例だ。
フロアのレイアウト変更を伴うような比較的規模の大きい席替えならば、業者を入れたりするのであれだけど、仮にそうだとしても、移動した荷物の仕分けとかをみんながやっている間、自分の仕事をするというのもなんか・・・。あまり良い気分ではない。

4.自販機で飲み物を買うと、思っていたのと違うものが出てくることがある

最初に、自販機に点字ラベルを張ってもらうとか、どこに何があるか教えてもらったとしても、自販機というのは季節によってメニューが変わる。
冬はホットコーヒーだった場所が夏にアイスコーヒーになるぐらいの変更ならいいが、お茶のペットボトルだったところが、ある日炭酸飲料に換わっていたりすると悲しい気持ちになる。炭酸が飲めない人はもっと悲しいことだろう。
まぁ、これは別に会社にいなくても同じである。

5.会議中に何の話をしているか分からない

紙でもプロジェクタでもいいけど、資料を見ながら会議するとき、いったいどこの部分について議論しているのか追えなくなることがある。
同じ部署の場合だったら、なんとなく話の流れとかで分かったり、ちゃんと項目番号とかで話している場所を教えてもらったりすることもあるのだけれど・・・。話がはずむとだんだん普通のペースに戻ってきて、通常のように視線でのやり取りが始まる。
ましてや、他部署の、初めて打合せするような人とか、他社の人とかだと、一応配慮して欲しい旨伝えても、だいたい忘れられる。まぁ、これも、うまいこと逐次確認していくしか解決策はないのだけれど、なんとかならんもんか。

6.エレベータに遊ばれる

それなりのビルなら、エレベータホールに6機とか8機のエレベータがあるのが普通だろう。
そういう場合、どこかのボタンを押せばエレベータを呼べるけれども、どのエレベータを呼んだのか分かりにくい。ランプが点灯したエレベータが「ポーン」と音を出すタイプの機械もあるけれど、エレベータホールはそんなに狭くないため、方位を特定できないこともある。
で、そういうときに限って、手前側のボタンを押したのに一番奥のエレベータが来たりする。それを認知できた場合、すたすた奥に歩いていくのだけど、実際のところ一番奥なのか、それより一つ手前ぐらいなのかといった厳密な位置はまさぐらないとよく分からないので、恐る恐るいろいろやっているうちにドアが閉まって別の階へ行ってしまうことがよくある。加えて、こういうエレベータはホールの左右にエレベータがあるので、「これは右のエレベータが来たのだろうか、左のエレベータが来たのだろうか」ということも考慮せねばならず、まぁ、だいたい乗り遅れる。
しかも、これはうちのビルだけかもしれないが、しょうがないので乗り損ねたエレベータのところにあるボタンを押すと、今度はまたまた真逆のエレベータが来るのだ。そうして、エレベータホールを3,4回往復しちゃうこともしばしば・・・。最近、見かねた警備員さんが教えてくれるようにはなったけれど・・・。ボタンを押したときにどのエレベータを呼ぶか決定するアルゴリズムを、もう少し見直した方がいいと思う、なんちゃらビルシステムのエレベータは。

7.社員食堂はあるけど使いにくい

おいしいかどうかは別として、安い価格でご飯を食べられる社員食堂はぜひとも利用したいところであるが、そういうところはセルフサービスである。それをどうやって利用するかは重大な課題だ。
まず、「同僚と一緒に行く」という選択肢が思い浮かぶが、毎日というわけにもいかないだろう。同じ人ではなく、代わる代わる食堂へ行く同僚をみつければいいのかもしれんが、同僚がみんなコンビニのおにぎりや愛妻弁当を持参してくる人たちばかりだったらどうするのか?
とりあえずそれは置いておいて、独りでセルフサービスの食堂に行ったら何が困るかというと、まぁいろいろある。

  • メニューが分からない。普通の店みたいに、席やレジのところで聞くわけにはいかないからだ。意味が分からない人は、カフェテリアがどんな形式か調べてみるとよい。まぁ、だれかと行ったときに教えてもらって覚えればいいっちゃいいけど、メニューは変わりますので・・・。
  • 空いている席が分からない。セルフサービスであることから容易に想像できる通り、社員食堂にはほとんど人出がない。店員というか、(たいていは)おばちゃんにいろいろ手伝ってもらうのは、はばかられるほどの込み具合だし。お盆を持って白杖を使って、どうやって席を探せと?だいたい、お盆を持ってなくても、空いている席を探すというのは盲人にとって「働くのと同じぐらい神経を使う」ことなのだが・・・。

ちなみに予断だけど、全盲の人で、だれにも指図されずにお盆を水平に持てる人ってどれぐらいいるんでしょうかね?あるいは、晴眼者は、目をつむったらお盆を水平に持てるんでしょうかね?

あと、通勤中にも困ったことはある。

8.朝、うんこをしたくなっても「トイレはどこ?」状態である

平時にちゃんと通勤ルート上のトイレを確認しておけば、戦時にあわてることはないのだが、普通、通勤途中の駅を、トイレを探すためだけに利用することはあまりしないだろう。だから、いざというとき、必死に便意をこらえながら、漏れるか漏れないかのギリギリのラインで、駅員さんにいろいろお願いしなければならなくなるのだ。そのとき、たぶんすごい顔なんだろうと思う。
しかも、駅員さんに頼んでトイレまでたどり着けても、朝の駅のトイレにはだいたい先陣が個室を占拠しているため、すぐにリリースできないこともある。そういうときが、最も困る状況だ。

9. ババアがつっこんでくる

ババアでなくとも、最近はスマフォを使いながら歩く「たわけ」がたくさんいる。

10. ジジイにどなられる

てめえが死ね!馬鹿野郎!!点字ブロックの上につったってるお前が邪魔なんだよ、このハゲ野郎!

以 上。

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プロフィール

結論の出ない駄文を残すことが趣味です。ついでに頭でっかち。
視覚障害(全盲)です。誤字脱字は、どうぞご勘弁ください。

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