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最近、自分が殺されたり他人が死ぬ夢をよく見る。結構記憶に残るぐらいの感じで。

初夢は、「アナザー」のヒロインである見崎鳴ちゃんが、何故か「いないもの」にされていることをすごく悲しんでいて、俺に泣きついてきて、俺はそっと抱きしめてあげる夢だった。もちろん、鳴ちゃんは死んだ。同じ日、そのあとに見た夢は、家族で鍋料理を食べているときに、何故か独りずつ頭を打たれて殺されていく夢だった。

次の日に見た夢は、たぶん世界観としては昭和前半、戦前である。古めかしい町並みで、何故か中日ドラゴンズのファン感謝祭のような催しが開かれていて、俺はそこに参加していたのだが、床に落ちたティッシュを拾って捨てようとしたら、「おい!それ拾ったのか、速く病院に行くぞ」と親父に言われ、病院へ行ったのである。病院も、なんだか病院というか、町の酒屋みたいなところで、入る前に天皇陛下のご加護で診察を受けられることに感謝する趣旨の言葉を述べなければならなかった。そこで下された診断は「うん、サイコガスだな。6時間もしたらやられる。サイコガスを取り除くには手を洗うことだ」と言われ、それから6時間えんえんとたらいの水で手を洗う夢だった。結局俺は死んだが。っていうか「サイコガス」ってなんですか?

以上があらましである。まぁ、人が死ぬ夢なんてみても、そう良い気分ではないわね。責めて、敵と交戦中に死ぬならまだしも、病気とか訳の分からないままに射殺されるとか勘弁してほしい。でも、鳴ちゃんの夢は切なかったなあ。なんか、厳密にいうと、「いないもの」として扱われているときは囚人のように番号がふられていて、鳴ちゃんは163番だったらしい。人を数字で識別するしきたりとか、鳴という名前があるのに数字で呼ばれる苦悩なんかを、いろいろ話してくれて、もう泣いちゃってて鳴ちゃん、もうそれがたまらなく愛おしくて・・・。あぁ。夢で良かったのやら、良くなかったのやら・・・。

で、あまりに人が死ぬので、そういう夢にはどんな意味があるのかと、遊び半分でネット検索してみたら、だいたい次のようなことを暗示しているようだ。

  • 自分が死ぬ夢は、今の自分を変えたい、今の自分から脱皮したいという思いの表れ。自分が殺されるのは、外界から自分を変える圧力があるという暗示。
  • 他人が死ぬ夢は、自分がその人から自立したいという思いの表れ。

前半の「自分を変えたいという思いの表れ」というのは、あながち間違ってないような気はする。ちなみに、それからいろいろ調べたり人の話を聞いたら、どうも、夢の内容が表す意味というのは心理学的にも研究がなされていて、上記の内容はほぼ正しいらしい。

確かに、最近たんたんと過ぎていく日々に物足りなさを感じたり、今の状態が今後長く続くのかと考えると、今別のことを始めて何かのきっかけを作らないといけない、という思いになることがある。現在俺は会社員であるが、どちらかといえば、充実した会社生活を過ごせているわけではない。仕事があるだけ幸せという向きもあろうが、それはそれとして、現状に不満を持っている。しかも、現状のままでは、今後30年、同じような状態が続きそうだ。

これが、嫁さんや子供でもいれば、文句も言わずに働かないといけないなぁ、と思うのだろうが、あいにく俺は独り身である。だから、もっと自分の思うように人生を過ごしたい。このままではだめになりそうだという思いは強い。

そういう思いが、きっと夢になったのだろう。

じゃぁ、具体的にどう変えるか。それが問題である。問題であるが、正直どう変わりたいかよく分からない。なんとなく今と違う状態になりたいというだけで、何か目標や目指すものがあるわけではない。困ったものだ。無気力、無関心、無感動・・・。「無」がすべてのことに付きそうな俺の今の気持ち。これでいったい自分をどう変えろというのか。

そこで止まっていては何も進歩しないので、とりあえず、思いや目標は別として、行動を先行させるとしたら、どんなことで今の状態を変化させられるか、ちょっと考えてみた。

  1. 放送大学で学ぶ。学費が無いので仕事しながらになるが、前から心理学とか哲学を勉強したいと思っていた。就職する前の大学は理系だったから、今度は文系の学問をやりたくて、しかも心理学や哲学はわりと前から興味があったので。ただ、ほんとに勉強するとしたら心理学かな。哲学は、研究者にでもならない限り、キャリアには繋がりそうにないから。
  2. 教員になる。まだ次の採用試験を受けるには間に合う時期だ。教員免許は持っているし、学制のころ教員なるとしたら何年か会社で働いてからだと思っていたこともあり、そう悪くない選択だと思う。しかし、教員がやりたいから教員になるというわけでもないので、果たしてそんな選択していいのかどうか・・・。「はっきり言って教員は厳しいよ」と、教育実習担当だった先生に言われたっけな。
  3. アメリカに行く。何をするわけでもないが、とりあえずアメリカに行く。100年前だったら、死ぬ思いでインペリアル・バレーを耕すっていう選択肢はあったかもしれんが・・・。今アメリカに行って何かやるとしたら・・・。蕎麦屋かな。
  4. 鍼灸の免許を取る。一番現実的ではあるが、そのあと仕事として鍼灸をやるのはちょっとなあ・・・。最終手段にしたい。
  5. ほんとに死ぬ。死ぬときにほんの少し勇気がいるのと、悲しんでくれそうな親や友達を泣かせてしまうことへの罪悪感に耐える勇気と、遺書やその他諸々の記録を参照できるように自分のPCの管理者権限パスワードを信頼できる人に生きている間に教えて、且つ死ぬまでの間にハッキングされるのではないかという疑心暗鬼に打ち勝つことができれば、死ねると思う。たぶん最後が一番難しいので、無理だな。

ま、じっくり考えよう。とりあえず何か勉強はするか。

本日は2012念最後の日でありますから、何か書き残しておこうかと思いまして、こうして筆を執る代わりにキーボードをたたいております。

さて、実家に帰ってきたのだが、仕事帰りにそのまま帰ってきたため、スーツしか着るものがない。普段着がない。出かけるのにスーツで出かけるわけにはいかない。

そいだもんで、とりあえず洋服の青山に90&%引きの安いスーツを買いにいくついでに、ズボンを買いにいったのだ、カジュアルの。できればエドウィンかリーバイスのジーパンを買いたいと思っていたのだけれども、その青山はあまり大きな店ではなかったので、ジーパン置いてなかったのである。

で、しょうがないから綿パンを買った。ところがそのパンツ、ゴミが目立つ。黒いパンツであるが、その、白いのが・・・よく分かる・・・。

今実家に帰ってきて家族と一緒にいるので、そういうことも分かるのであるが、一人で洋服を買ったときに、じつはそれが汚れの目立つものか否かは分からないなあぁと思うと・・・。難しいもんだ。店員にそんなこと聞けへんしなあ。

とりあえず、そんなこともありつつだね、私は酔っ払っていてだね。最近実家に帰ってきてから飲みまくっているため、ヘボヘボ・バーバババ。ルンルンンランラン・ポンポポポン☆

さあ、行こう。宇宙へ。今何もしないで宇宙へ行ったら確実に死にますが、とりあえず本当に死ぬかどうかは行ってみなきゃ分かりませんから、とりあえずハイソックス履いて行こう。あるいは、ミニスカートでOK?

将来的には宇宙服はミニスカサンタか赤い鼻のトナカイの中に入っている山田君のお父さんの奥さんが昔面倒を見ていた農家の次男の嫁の弟が履いていた長靴のゴムになるでしょうけれどもね。

じゃぁ、良いお年を。来年は、生きていることが幸せと思えるような出来事が起きることを期待しています。

来週の土・日・月と暇なので、何かしようと思うのだが、何も予定を入れられなかった。周りのやつらはクリスマスとかいう外国の風習に洗脳されているようで、ちっとも予定が空いてるやつがいない。極めつけは、独身・彼女無しの友達さえも、遠方に女の尻を追っかけに行くらしい。

だが、よく考えてみたら、他にも女っ気のない友達はいくらかいたので、そいつらを集めてみるかどうか考え中。けれども、ここは勇気を持って、この時機を一人で過ごしてみるというのはどうだろうか。

  1. 一人で映画を見に行く。周りはホーリーナイトの余興で来ている連中が多いとは思うが、それっぽいタイトルは避けて、カップルじゃこなさそうなのをチョイスしてみよう。ちなみに今近くの映画館で上映または上映予定、且つ先述の条件に該当しそうなのは以下の作品である。
    • 「仮面ライダー×仮面ライダー ウィザード&フォーゼ MOVIE大戦アルティメイタム」。親子連れが多そうで、これはこれで気まずいかも。
    • 「劇場版イナズマイレブンGO vs ダンボール戦機W」。同上。
    • 「007 スカイフォール」。いや、カップルもいそうだが・・・。007なので。
    • 「北のカナリアたち」。内容があれなんで、カップルではあまりこないような気が、個人的にはする。
    • 「青の祓魔師(エクソシスト) 劇場版」。これってどういう年齢層の人が見にくるのだろうか。ちなみに、俺は見たいけど・・・。でも、これよく見たら12/28公開じゃん。
  2. 三日間、毎日ケンタッキーへ行く。夜などに行くと、たぶんしばらく立ち直れなくなること間違いない。
  3. 高級レストランに一人で行く。断られる可能性も高いが。
  4. 無断出勤。それはそれで怒られそうだ。
  5. 飲んだくれる。外界から隔離された自宅で三日三晩飲み続ければ、何か新しい心理に辿り着くやもしれぬ。

結局良いアイデアは思いつかないから、最近ぜんぜん合ってない連中でも誘って何かすることにしよう。

ところで、日本では何故クリスマスを恋人と過ごすのだろう。普通は家族と過ごすもんだろう、クリスマスって。恋人たちもクリスマスぐらい実家に帰って家族と過ごすべきだ、クリスマスるなら。そして教会へ行け。

そういや、2年前のクリスマス、夜3時ぐらいにSkypeで適当に外国人へ電話していたら、たまたまドイツ人のかわいい女の子と話をしたっけ。それで、せっかくだからドイツ語勉強しようとしたけど、アルファベットの読み方と発音だけでドイツ語の勉強は終了してしまった。なんだか、今に比べてそのころは日本以外の文化に対してすごく興味があったのだが、最近は無くなってしまったねえ。ちょっと、気軽に外国人と会話できるようなチャンスはないものかな。英会話スクールとかではなくてね。

そう、ちょうどSkypeが出始めてまだSPAMなどがSkype上では存在しなかったころ、あちこちの外国人に電話しまくっていろいろ話をしたものだ。相手が男でしかも大学生ぐらいだと、だいたいドラゴンボールの話をすれば通じた。ポーランド人の18歳の高校生とは、アメリカのブッシュ大統領に対しての考え方を議論した(当時イラク戦争中だったので)。彼は「ブッシュは嫌いだ」と言っていたが、どうしてかまではよく分からなかった。今では、歴史を学んで理由はだいたい推測できるが・・・。あとは、アメリカ人の男から電話がかかってきて「今私はボーイフレンドとFUCKしているところだ。君も外に出て人をつかまえて、一緒にFUCKしよう。」と意味の分からないことを言われたり、別のポーランド人からは陰部の名称を日本語とポーランド語でどう言うかを教え合ったりもした。今じゃこんなことできないね。

あぁ、思い出した。最初知らない人からSkypeきて出たら日本語しゃべるから日本人だと思っていたら、フランス人だったこともあった。しかも狛江に住んでたらしい(笑)。

今ではFacebookのように何か目的・価値観などを共有する人たちが集まる場はたくさんあるが、前述のように気まぐれな感じで、しかもあまり苦労せずいろいろな人と会話することができなくなってしまい、とても残念だ。まぁ、俺が知らないだけかもしれないのだが・・・。

ITが進歩する一方、迷惑な連中のせいで、そうした良い側面がネットから消えていくのは大変嘆かわしい。もうその時代には戻れないと思うけど・・・。それよりは俺みたいな古い人間がソーシャルメディアをもっと活用すべきということなのだろうか。

タッチパネルが困る話

  • 日常

この前、会社で飲み物を買おうと思って財布を確認したら、中に1,000円しか入ってなかった。確かに給料日は少し先でちょうど金が無くなってくるころだけれども、流石に1,000円は中学生のお小遣いレベルで困ってしまった。

普通の日ならまだ良かったのだが、ちょうど飲みに行く日で、現金持ってないとやばい。そこで、会社の人にビル内のATMの場所を聞いて引き出しに行ったのだが・・・。Oh! No! タッチパネルしかなくて、数字キー付きのインターフォンが無かったため、現金が・・・。

そういう話を会社の人としているとき「見えないとタッチパネルが使えなくて困るよね。でも最近タッチパネル多いから困らない?」と言われた。

ええ、タッチパネルが溢れていて大変困っている。詳しく説明しておいたので、そのメモをここにも残しておこう。

第1にさっきのATM。郵便局のATMはハードキーが付いているし、最近は銀行ATMでもインターフォンに数字キーが付いていて、その数字キーで引き出し/預け入れの操作ぐらいだったらできる機械が多くなってきているが、依然としてタッチパネルしかないATMも存在する。某コンビニのATMとか。セブンイレブンじゃありませんよ。それに、関東は需要が多いのであれだが、地方なんかだとユニバーサルデザインATMは少ない所もあるんじゃなかろうか。

第2にカラオケ。デンモクに代表されるように最近はタッチパネルの端末でリクエストする。これが使えれば便利だなぁと思うのだが、残念なことにそうした端末を直接利用することはできない。だから、全盲だけでカラオケにいくと、インターネットでリクエスト番号を検索して、昔ながらの数字ボタンのリモコンでリクエストを入れるのだ。ただし、最近はiPhone上で動作するアプリを使って、デンモクのようにリクエスト操作ができるようだ。「デンモクLite」というアプリを使って、DAMの機械で昨日試してみたが、自分のiPhoneで検索した楽曲をリクエストしたら、ほんとに入った。あれはなかなか画期的だが、カラオケの機械とiPhoneをペアリングするのにQRコードを読み取る必要があるなど、そもそも全盲がデンモクの代わりに使うことを想定してなさそうな感じはプンプンする。あ、そういえばジョイサウンドのアプリは「VoiceOver対応」と書いてあって確かに読むけど、ペアリングは全盲でも自力でできるのかなあ・・・。

第3に飲食店での注文。安い居酒屋は人件費削減の一貫としてタッチパネル端末からの注文が可能となっていて、普通店員を呼ぶ手間もかからないから歓迎されるだろう。けれども、すいません、全盲はどうやって注文すれば?会社の人と飲みに行くときは問題ないけれども、全盲の有人と飲みに行って、たまたま入った店がそういうシステムだったもんで、だいぶ困った。そのときは、しょっぱなに案内してくれた人に最初の注文を伝え、その後は飲み物や食べ物を持ってきたときにバケツリレーよろしく追加注文を途切れさせないようにして対処した気がする。あぁいうところで、何も無い状態から店員をつかまえるのは容易でないので。

飲食店については、最近回転寿司もそんな感じであろう。回転寿司なのに、回転してるやつを取らずに注文ばっかりしてる人が最近は多い気がする。もう、あのベルトコンベアは、注文の品を届けるためのツールと化しているのでは?当然そんな回転寿司でも自分では注文できず・・・。はま寿司のシステムでは注文確認の際に音声が出るから、注文のときにも音声を出そうと思えば出せそうなんだけどなぁ。

ただし、回転寿司の場合、そもそも全盲は皿を取れないという問題があって、注文どうこうはその問題をクリアしてからでないといけない。これについては、「皿に非接触型ICチップを埋め込んでカードリーダで読み取ることにより、現在回っている寿司のネタを判別できるのではないか」というアイデアを具体的に俺が考案したのだが、一向にそのシステムが開発されたという話を聞かないねえ。と思っていたら、考案しただけで文章化していなかったらしい。では、この件は日を改めてメモしておくことにしよう。

タッチパネルで困ることは、他にも駅の券売機を全機能使えないとかあるけれども、主要なところは以上である。ちなみに券売機の場合、買いたい金額が分かれば画面右下の数字ボタンを使えば購入可能だが、JRと私鉄の乗り継ぎ切符を買ったりするのはできない。

タッチパネルはスクリーンに表示する項目と操作項目を統一できたり、操作項目を画面と同時に動的に変更できるなど、一般的には便利なインタフェースである。だから今後もどんどん増えていくことに間違いはない。携帯だってほとんどそうだしねえ。そんな中で、公共の場で全盲の視覚障害者がタッチパネルのインタフェースを使うために、どのような方法が良いのか考える必要が、今後ありそうだ。まぁ、暇なときに考えてみよう。

ところで、「iPhone使ってますよ」と言っても、どうやって使うかについて言及されたことが一度もないのだけれど、みんなタッチパネルのiPhoneを全盲が使うことに対して疑問を持たないものなのかね。VoiceOverを知ってればともかく、私の周りの晴眼者はみ~んなAndroidユーザなので・・・。

最近の俺は悩み人なのだ。とても悩んでいる。いったんは結論を出したことで、俺自身の考えから言ってもその結論は妥当であるのだが・・・。その結論を正当化して本当に良いものかどうか、理屈を超えて感情論で悩んでいるのである。

何に悩んでいるのかというと、かなり親しい有人が「ネットワークビジネス」にはまってしまったことである。もっと具体的に言えば、ネットワークビジネスって俺は嫌いなのだが、それにはまっちゃった有人と、どのように付き合えばよいかということである。

本論に入る前に、何故俺がネットワークビジネスが嫌いなのか説明しよう。言いたいことを先延ばしにして、割とどうでもいいことでお茶を濁すのは俺の得意技である。

まぁ、ネットワークビジネスといっても多種多様な形態があり企業によっても精度は違うだろう。まぁ、私がターゲットにしている企業はだね、あれです、あえて名前は書きませんが「ア」で始まるやつですよ。ちょっと前はCMでもよく見かけた「ア」のつくマルチ商法と言えば、ほぼ分かるでしょう。

で、古い情報かもしれないが、その会社の制度というのは「ネットワーク」という名に全くふさわしくない。階層型ビジネスという方が適切なようにも思える仕組みと理解している。あくまで90年代後半の知識に基づいているので現在はどうか知らないが、少なくとも俺にはそういう偏見があるということだ。

この会社については、一般的にあまり良い話は聞いてなかったけれども、最も俺の心を動かしたのは、親の知り合いにもこれをやってる人がいて、しっつこく勧誘していたのを見たことだ。まだ小学生かそれ以下だった子供の俺からみても、度が過ぎた勧誘だった。結局俺の親はそんなしつこい勧誘にも屈せずにいたのであるが、思えば昔から親には大変口うるさく「そういうことに関わるんじゃないよ」と言われたものだ。簡単に玄関のドアを開けずに、知らない人がきたらまずお母さんを呼びなさい、的な・・・。どうも俺が4歳ぐらいの時に、名にも知らないでドアを開けてしまったら、何かの押し売りをする人だったらしく・・・。それが原因というよりは、むしろお母様の様々な人生経験からそういうことを思ってたんじゃないかと予測していますけれども・・・。

おっと、それでだ、俺が「ア」のつくやつらを嫌いな理由ですが・・・。これは例の有人から聞いた時に思ったこと。「これは権利収入とか不労収入というものだから、一生懸命働いてどうこうというのじゃないんだよ」と俺の有人は俺に言ってきた。はっきり言って「こいつ馬鹿じゃねえのか」と思った。

まず、「ア」の付く会社の、俺が知っている限りの制度体系を前提とするなら、「権利収入」という点は正しい。全く正しい。会社の担当者は「ネズミ講と違うので後からやり始めた人が損をするということはありません」っていう説明をするらしいけれども、会員が人を勧誘してさらに会員を増やした時、勧誘する側とされる側に親子関係が生じ、子の売り上げの一部が親のインセンティブとして入ってくる制度のどこが「後から入った人は損しません」なのか全く理解できない。単なる言葉遊びだ。損はしてないけど、早く始めた人が有利なのに変わりねえじゃん。

次に不労収入という点だが、「ア」の付く会社って、そこの取扱商品を他人に売りつけて自分の利益にする商売だ。こう書くとすごく卑しく聞こえるが、俺に言わせてみればそういうこと。法的には「連鎖販売取引」と言って違法ではないみたいだし、なんというか、まぁ、営業ならそんぐらいやるだろうなとは思うが・・・。それはともかく、人に物を売ることが果たして「不労」なのかというのが俺の疑問なのだ。物を売るって、はっきり言ってとても大変なことである。誠実にやるとすれば、商品のメリット・デメリットを熟知し、顧客の疑問や悩みにも紳士に対応し、信頼関係を構築できて初めて物は売れるのではなかろうか。このプロセスのどこが「不労」なのか。重労働の間違いじゃなかろか?

子供のころも思ったことであるが、大した知識もないくせに物を押し売りしてくる連中というのは、たいてい感情的なうたい文句を使う。まぁ、無知な人とか、おつきあいだと割り切っている人はそれで納得して買ってしまうのかもしれないが、少なくとも俺はそんなんじゃ納得できない。人から聞いたような文句を並べて「ここのサプリメントは自然の成分だけを使っているから品質はいいらしいよ」と言われても、じゃぁ具体的に他の商品と何がどう違うのかちゃんと説明しろ。っていうか「らしい」ってなんだ、お前は使ってみてどうなんだよ?まぁ、売る立場だとね、良いことしか言わないでしょうけれども・・・。

権利収入と不労所得についてはこんな感じである。最後に付け加えるなら、本当の権利収入というのは、例えば土地を持ってる地主だったり、ミッキーマウスを作ったディズニーだったり、運か才能に恵まれた人だけが持てるもんだと思うよ。運も才能もない人はこつこつ、そういう人たちの下で働くしかない。

さて、「ア」のつく人たちを俺が嫌いなのにはもう一つ大きな理由がある。俺には怪しい宗教と区別がつかないのだ。その理由は手口にある。

まず、宗教にしてもそういったビジネスにしても、「最近の生活に満足できてる?」とか「何かやらないといけないと思わない?」というところから始まる。まぁこれはいい。で、そういうことを話しているうちに「いい話がある」という展開になってくる。こちらが「どんな話」と聞いても向こうはさっきの権利収入とか不労所得という魅力的な言葉を残し、具体的な話はしようとしない。で、こちらが渋り出すとようやく本題に入る。

要するに、人の弱みにつけこむというか、心の隙間をつくというか、そういう手口に思えるのだ、俺にとっては。しかも、そういうやつらは大変気持ち悪いことに、初めはかなり強く押してくるのに、こちらが鈍い反応とみるや一歩引いて「いや、無理することはないんだ。ただ俺はお前の気持ちを分かってるつもりだから進めてるんだよ。決してお前にこれを勧めて設けようとかは思ってないんだ。お前の悩みも理解できるから、お前のことを考えてるんだ。」とのたまう。これが、俺にはどうにも気持ち悪くて吐き気がするのである。他人に俺の気持ちが分かってたまるか、このインポ野郎。

で、やっと本題に入いろうではないか。私の有人はそういう馬鹿なまねはしない、常識のある人間だと思っていた。いや、もう酔っぱらっているからいうけれども、今の世の中でそういうのを新たに始めるって、世間知らずもいいところだと俺は思うのだよ。つまり、「彼がそんな世間知らずなファッキンデブだったのか」ということと、それを見抜けなかった自分に腹が立つのだ。

その有人はいろいろと腹を割って話せるやつだ。一方でやつがはまり込んでしまった組織を俺は嫌悪している。でも、もう俺もそいつも子供じゃない。やつの行為に俺が朽ちだしする権利なんか無いので、いくら俺がやめて欲しいと思っても、俺がそれを彼に強制するどころか、発言することも出しゃばりだと思ってしまう。

もっと言うなら、もし俺が正義感の強い人間なら、彼をまともにすべく働きかけていただろう。ただ、残念なことにというか幸いなことにというか、俺はそんな面倒なことはしたくない。やつが選んだんだから、やつの好きにすればいいと思う。

そういうわけで、俺の嫌いな組織に所属してしまった有人との付き合い方について、基本スタンスはもう決まっているのだ。深入りはしない。できればその件で関わりたくない。その件でなくても、いつどんな時にその件に誘導されるか分からないので、普通の付き合いも避けたい。そういうことだ。

でも、そのスタンスが俺自身の感情や根底にある考え方から言って妥当なものであったとしても、将来的に有用なことかと言われると、本当にそうなのか?と疑問に思ってしまう。これまで俺は割と人間関係を大事にしてこなかったので、余計そう思うのかも知れない。

頭では分かってるんだけどね。もうやつとは今までのように接することはできないと。これがさ、俺って弱い人間なんです。彼から「最近のお前、なんか変だよね。俺のこと避けてる?」ってメールがきたことがあって・・・。当然「ア」の付く話の後である。彼の言う通り私は君を避けているのだけれども・・・。そうだと肯定できなかった。「最近会社のこととかでイライラしてるからさ、俺は無意識なんだけど、お前からそう見えるんだったら他の人にたいしても避けるような態度とってるかもね。教えてくれて有り難う。」などと、思ってもいない、大変下品な対応をとってしまった。本当は、はっきりyesというべきだったのに。自分に対して反吐が出るわ、マジ。

そろそろ終わりにしようと思いますが・・・。結局、彼も悩んでいたので、その隙間につけ込まれてしまったのだ。そういう意味では被害者なのかもしれない。

俺も彼も視覚障害があって、しかも全盲である。全く目が見えないのだ。そんな中でも、俺も彼も、名前を聞けばだれもが知っているような企業で働いている。当然回りは目が見える人間ばかり。健常者には理解できない苦労もあるし、職場の文化そのものに対する不満も当然ある。そういうところも含め、俺も彼もつらい時機があった。結果的には二人ともそのつらい時機は乗り越えられたのだが、彼の場合は、どうも乗り越えるきっかけが「ア」の付くやつだったらしいのだ。

先ほども書いたが、それについて俺はどうこう言う権利はない。だから、俺からそのことについて助言や忠告はしない。本当は今すぐやめろと言いたいが・・・。彼が悩んでいろいろ考えて決断した結果なら、それは尊重すべきだよね、やっぱり。でも、そこで救ってやるのが本当の友達では?という意見もあるだろう。でもそれって驕り(おごり)じゃないのか。人生の先輩ならともかく、似たような経験しか積んでない俺が忠告できる立場にはないよね。

あぁ、酔っぱらっていい気分になりかけたけど、何かのきっかけで思い出して、ついここに書き始めてしまったら、酔いが覚めた。寝る。おやすみ。

今までMovable Typeを自サバに設置してブログを書いていたのだが・・・。いや、もうほとんど更新してなかったのだが・・・。先日コメントを久しぶりに頂いて、屑みたいな文章の中にうもれている真面目な記事は役に立つんだなあと思って、細々と続けていこうかと思った次第。

ところが、最近はソーシャル連携とかが流行らしく、ブログの記事からツイッターやフェイスブックができるようになっているところが多い。俺もそういうのがいいかなと思って・・・。でも自分でコード書いてHTMLをカスタマイズするのも大変面倒だし、そもそもやり方を忘れてしまったため、こうして一般のブログサービスを利用してみることにした。

で、まぁ、見ていれば分かると思うが、FC2である。広告とか入るので今までより余計なものが増えるけれども、デザインのテンプレートとかもいろいろあるし、適用するのも簡単だし、まぁこれでいいか。

実はFC2に登録するだけでも大変な苦労をしたので、後日その苦労話を纏めようかと思っているところ。スクリーンリーダーユーザーがFC2ブログに登録するのはとても骨の折れる作業なのである。これだったらMTでHTMLカスタマイズするのと手間は変わらなかったんじゃないか?

というわけで、これからはブログを更新したらツイッターに勝手にツイートされるらしい。糞文章をこうして世界により多くの手段で発信できるのは喜ばしいことだ。

これからも、思わずお釈迦様とマリア様が目をそむけるような文章を書き続けることに全力を尽くします。ええ。大丈夫、仏壇の横に十字架を飾ったりしないから。

トレンドに取り残される?

  • 日常

最近、IT系の大企業にいると、トレンドというか、世の中の動きに取り残されるのではないかという不安感に襲われることがある。もっと厳密にいえば、日本で育った大きな企業のIT関連グループ会社で、ということだ。

完全に創造の話であるが、ITを事業として持っているようなグループ会社がなければ、ITシステムをグループ会社に依存することはない。例えば製薬会社がグループ企業としてITをやっているところを持っていなければ、ITシステムの導入については基本的にソリューションベンダーに委託することになる。しかし、もともと家電や工業製品のメーカーだったのがIT関連企業をグループ内にたくさん保有するようになると、グループ会社はグループ内の製品を使うようになる。そのグループの製品がシェアの高いものならいいが、シェアが大きくないような場合、世の中でシェアの高い製品に触れることもなく、日々を過ごすことになる。

具体的な例を挙げると、一般的に通じることとして「ERPならSAP」みたいな概念があることは分かるけど、実際SAPの製品なんて使ったことないからよく分からん、という事態が発生しかねないということだ。

もちろん、自社あるいはグループ会社の製品を積極的に取り入れて営業活動に繋げていくのは大事なことだし、むしろ必要である。が、やっぱりそれだけじゃ生き残ることはできない。まぁ、Oracleの社員がPostgreSQLを進めるようなことはまずいけど、グループ会社の製品より競合他社の製品の方がいいと判断したら、他社の製品を提案するのも、必要なことではないだろうか。

なんでこういう抽象的なことを書くかというと、具体的な会社名を書くと俺がどこに勤めているかばれるから書きたくないのである。つまり、少なくとも俺はOracleやMySQLの社員ではない。が、日本で育った大企業のグループ会社で働いている。で、自前で構築したその場しのぎの社内システムを目にする度に、上記のような不安感が募っていく一方なのである。

でも、SAPのシステムを使ってみたいと思っても、そんなもん個人で買える金額じゃなし、だいたい個人レベルで何に使えばいいというのだ。いや、まぁ別にそんな必要は今のところないのだけれど・・・。

ウェストがレベルアップ

  • 日常

シェークスピアもびっくりな悲劇が起きた。

とりあえずクールビズですから、半袖のワイシャツに夏用のスラックスで出勤するわけだが、今日、スラックスを履いてみたら、履けなかったのである。しかも、3着あるうちの2着が。正確に言うと、ウェストがきっつくて前のホックが止まらず、チャックも上がらない状態である。

残りの1着もかろうじて履けたが、腹がきつい。腰が痛い。あぁ、なんということだ。確かに、思い返してみれば去年もちょっときつめだったとは思うが、1年で履けないレベルまでレベルアップしていたとは、ウェストが・・・。マジありえねえ!!

衝動

  • 日常

こんなことを書くのもなんだが。今日満員電車で隣に女子高生がやってきた。正確には「と思われる女子」であるが。

満員電車である。当然密着するわけだ。衝動を抑えるのに必死だったよ。そして理解した。こうして毎朝毎晩鬱憤をためながらサラリーマンは日中を仕事に費やしていく。どこかで風俗にでも行かなきゃ反社会的行動に出るのも当然だ(笑)。

これなら、社会的には地位のある人がセクハラとか婦女暴行で捕まっちゃうってのも納得できる。まぁ、最近IMFの理事が捕まったんでそういうことを思うわけだ。クールでインテリジェンスの固まりのような俺でさえそうなのだ。日々社会的立場を行使することを強いられる大学教授や会社役員なんかが援助交際に走るのも自然なことなのだろう。

いや別にだから何だというわけじゃない。なんとなく、自分に疑いの念を持っただけのことだ。繰り返しになるが、やはり俺も男か、と。

前に、フェミニストで有名な田島先生が「男は女を『穴と袋』としか見ていないから差別が起こるんだ!」と強固に主張していた。そのときは極端なことを言って・・・と思っていたが、まぁ、それは強ち間違いじゃないなぁと・・・。少なくとも、『穴』とは見ているな・・・と。

あぁ、大事なことを書き忘れていた。俺はちゃんと今朝は我慢しましたよ。いつも我慢してるし、援助交際なんて夢にみたことしかありません。

English

  • 日常

知り合いが一生懸命英語を勉強しているのをみて、俺も英語の勉強した方がいいかなと思ったのである。

世の中知らない間にグローバル化が進んでいて、英語ができなきゃ何も出来ない時代が目の前にあるように感じる。今でさえ英語ができた方がいろいろな場面で圧倒的に有利だというのに、さらに「英語ができなきゃお話にならない」時代がくるのかと思うと憂鬱である。日本企業だって社内の公用語を英語にするところもあるぐらいだから、よっぽどなんだろう。そんな会社になったら俺はやめるね。

とは言うものの時代の流れにはなかなか逆行できないし、そうやって避けていたら飢え死にするかもしれない。実際日本からどんどん仕事がなくなっているし(不景気だからということではなくてルーチンワークがコストの安い途上国へ流出しているということ)。まぁ、もうちょっと大きな意味でとらえると、物作りを売りにしてきた日本がもう物作りじゃ他の国に勝てないときているんだから、根本的に違う業態にシフトしていかなきゃならんというのが本質だと思うのだけれど。結局は英語がいるのだ。仕事変われば言葉変わる、と。

で、俺も何かしようと思ったわけで。できればそんなに金を掛けず、時間も掛けずやりたい。もちろん、そんな虫の良い話はないが、少なくとも金はあんまり掛けたくない。

そこで、前にも少し書いたけれど、スピードラーニングを始めた。「毎日5分聞き流す」という夢のようなうたい文句に惹かれ、月々の費用も4,000円弱だったので、お試し気分でやってみたのである。

結果はというと、半年やったが今市。少なくとも、俺の場合は宣伝されているほどの効果はない。確か1,2ヶ月でふと英単語を口にするようになり、半年から1年で会話ができるようになると書いてあったかな。詳しくは覚えてないけど。とりあえず英単語は前より無駄に口にするようにはなったけれど、何言ってるのかはまだよく分からない。

まぁ、効果が出ないのは俺の使い方にそもそも問題があるのかもしれない。メーカーによれば、使い方のポイントが三つぐらいあったはずだが、俺はたぶん全部満たしていない、ということになるのだろう。ちなみにどんなポイントかというと、

  1. 目的を持って聞いてください。
  2. 毎日聞いてください。
  3. 今までの英語の勉強法を忘れてください。

最初の二つは特に違和感はない。その通りだと思う。最後のやつはこういう理屈らしい。「学校のような詰め込み教育では英語を話せるようにはなりません。ネイティブの人が英語を学んできたように、耳から自然に英語を聞いて理解してください。決してテキストを読みながら聞かないで、耳で聞いて慣れてください。」

前半はまぁそうかなと思うのだが、後半については半分異論がある。リスニングについては確かに耳で慣れる以外どうにもならんと思うけれども、理解できるようになるのが最終的な目標であって、ただ聞いてるだけじゃだめなのではないだろうか。ある程度英文法が分かってないとさっぱりだろうし、英語に独特の表現方法ってのもあるだろう(イディオムとかね)。まぁ、日本語と英語が対になって録音されているバージョンもあるのだが、ほとんど意訳なのでいろいろと疑問も出てくる。つまりは、やっぱり聞くだけじゃだめで、ちゃんと理屈も勉強しなきゃいけないんじゃないの?と言いたいわけだ。

そう思ったのでサポートセンターに聞いてみた。そして答えは「そのように思っていることがだめなんです。」と。そうこられたら、うーん、もう何も言うことはない。ひたすら聞くだけですな。

そんなわけで、とりあえずもうちょっとスピードラーニングは続けてみようと思う。が、いかんせん退屈なのだ。別に会話の内容に興味を引かれるわけでもないし。毎日5分聞き流すだけでいいと言うけれど、その気にだんだんならなくなってくる。もっと英語を聞く気になる方法はないだろうか。

ということで考えた。「アニメで勉強すればいいだろう」と。ちょっと前まで日本のアニメは世界的にブームで、アメリカにも多くの作品が輸出された。で、まぁ技術的な問題はさておいて、北米で出た英語版のアニメDVDを買って、見れば、少なくとも興味はわくだろうと考えたのである。もちろん一度見たことのあるアニメを選ぶ。それなら話の筋は分かるから、なんとなくどんな場面で何を話しているかも創造がつくと思うので。

そして「Black Lagoon」というアニメのDVDを買った。もともと好きだったアニメだし、ボックスが安く売られていたので。ちなみに円高でよかったと今回初めて思いました。

で、実際見てみてどうかだが、少なくとも興味は持てる。もちろん英語で何言ってるかは分からないが。

ただ、英語の勉強以外にもう一つ面白い面がある。英語と日本語の違いについて比べるのが結構面白い。単純に、日本語の台詞を英語に訳すとどうなるかということが分かるだけでなく、台詞の一部がまるっきり変わっていることがあって面白いのだ。

例えば、Black Lagoonでは、日本の暴力団がロシアンマフィアと手を組んで、対立する組に一泡ふかせようとするストーリーがあり、その一部として、ロシア人の英語を通訳しているシーンがある。日本語版では途中でロシア語に変わって通訳できないことになっているのだが、英語版では軍隊用語になって通訳できないことになっていた。その、ロシアンマフィアがソビエト空挺部隊崩れであるという設定とか、日本でロシア人がテロを起こすとか、そういう筋書きが問題になったのかどうかは知らないが、何故そういう風に筋書きが変わるのか疑問に思う。むしろ面白い。英語の勉強より、そのように細かいところを変更しなきゃならん文化の背景が気になる。まぁ単に製作会社の方で苦情がきそうだと判断しただけかもしれんが、それならそれで、なんでロシア人が絡むシーンでちょっとばかり変更が生じるのかは分からない。

そういうわけで、効果があるかどうかはともかく、アニメなりドラマなり、自分になじみのある題材を学習に選ぶ方が、少なくとも積極的に英語を聞く気になることが分かった。

ただし、題材は選んだ方がいい。もっと正確にいうと、ちゃんとしたものを選んだ方がいい。Black Lagoonは面白いアニメなのだが、言葉がね、ちょっと汚いもので・・・。いや俺は素晴らしいと思うのだが、ファッキンとか。一般的にはどうもだめな部類の言葉みたいなのでね。Fucking bitch!とか言っちゃいけないと思うので、基本的にはね。

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結論の出ない駄文を残すことが趣味です。ついでに頭でっかち。
視覚障害(全盲)です。誤字脱字は、どうぞご勘弁ください。

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