2015年1月の記事一覧

今日ぐらいから、以下の記事を拡散するツイートが結構多い。

障害者は「感動ポルノ」として健常者に消費される-難病を患うコメディアンが語った、"本当の障害"とは

記事内容は「まあそうだ」と思うわけだが、この記事を読んで、次の本のことを思い出した。

怒りの川田さん―全盲だから見えた日本のリアル (Amazon.co.jp)

久しぶりにこの本を読んでみた。まだ冒頭の数十ページしか読んでいないけれども、これもまた、「まあそうだ」ということが書かれている本である。

著者の川田氏は、一時期視覚障害者コミュニティでたたかれまくっていたことがあって、まあそのころの言動も「しょうがないかな」という感じではあったのだけれども、上記の本に書いてあることは「まぁそうだ」ということなのである。書き方が露骨で皮肉っぽいので、受け入れがたい人もいるかとは思うが、一部を除いて、具体的なエピソードはおおむね現実だと思う。

で、ここにも「感動という形で消費される障害者像」に関する記述があったので、冒頭の拡散記事とは何科関係があるのかなあ?と疑問に思ったのである。川田氏の本はまた続きを読むのだけれど・・・。

ところで、私も以前、「困る話」とか「視覚障碍者を「ひんづかんで」サポートしてくれる人について、もう少し優しくしてくれるように言う方法はないだろうか?」とか「助けてもらうことは有り難いけれど、すべてが万事うまくいくとは限らない」などのエントリーで個別の事象をあげつらってきた。で、ついでにもう一つ。

これは、まあどうでもいい話なのだが・・・。

かれこれ10年ぐらい前、大学進学して初めて一人暮らしを始めたころ、駅からの帰り道におじいさんが声をかけてくれて、途中まで一緒に行ってもらったことがある。歩いているときから「あなた、目が見えなくてよく歩けますねえ」とか「いつから見えないの?」とか、ごくごく一般的な会話をしていたわけであるが・・・。

信号待ちで止まったころから、だんだん話が微妙な方向へ行き始めて・・・。「あなたの親御さんは本当にかわいそうに・・・」とか、「そんなお若いのに目が見えないなんてあなたは不幸だ」とか、だいぶ反応に困る発言がおじいさんの口から解放されてきたとき・・・。

隣で同じく信号待ちしていたおばさんがぶち切れた。

>>おばさん:  (おじいさんに向かって) 「ちょっと、あなた。そういう言い方は失礼じゃないの?彼の気持ちも考えなさいよ!」

その言葉でおじいさんはどこかへ行ってしまったのか無言になったのか、私に話しかけることは無くなってしまったのだが、信号が青になって渡り始めたとき、おばさんが「あなたも大変ね。負けないでね。」と、これまた、どのように解釈したらよいのか微妙な言葉をかけてくださいました。一応「ああ、どうも。まあいつものことですから・・・」と苦笑いしておいたけれども・・・。

で、こういうエピソードも踏まえると、結局、冒頭にリンクを貼った記事にあるように、「障害者は感動ポルノとして消費される」ということは一面で正しいことだなあと感じるわけである。これを見越していろいろなアクションを取っている障害者もいると思いますが・・・。

ただ、一つだけこの記事に不足しているのは、すべての健常者が「感動ポルノ」として障害者を消費しているわけではないだろうということだ。ちょっと、ひょっとしたら記事内で触れられていて私が見落としているのかもしれないけど、世の中の健常者には、「存在否定」という形で障害者を見ている人も、たぶん少なからずいること。悲しいことだけど、受け入れたくはないけれど、改善してほしいとは思うけど、たぶん、それも含めて「社会が障害」なんだと思う。ちなみに、川田さんの本にも書いてあったと思うので、これから確かめてみる。

以上。

2014年末から2015年始にかけては、いろいろな討論番組をみて過ごしたので、ここ数年にはなかったほど充実した正月を過ごしたなあと思っている。

その中で思ったことは、改めてまとめるとして・・・。

今日はちょっとした発見があった。今までアイドルをおっかけたりする「おたく」とか、そこまでいかなくても「ファン」の気持ちってぜんぜん分からなかったのだけれども、今日、それがちょっと分かった気がした。

本題の前に少し余計な話だけど、僕にだってアイドルを好きだった時代はあった。モー娘。とか。だいたい、漢字変換で「モームス」って打つと「モー娘。」と、句点まで出てくるのがすげえなあと、当時から思っていたぐらいだ。いやいや、それじゃモー娘。については語れない。中学生の少ない小遣いの中から、CDを買い、全盲である僕が見えるはずもない生写真をたくさん買い、あまつさえコンサートにまで行った、あのころのことは忘れない。

でも、最近のAKB48についてはぜんぜん分からなかった。まあ、AKB劇場へ行くぐらいなら理解できるんだけど、CDを何枚も買うとか(選挙のために)、彼女らの出演テレビはなんでも見るとか・・・。

モー娘。から、高校3年生のときに「ジャンヌダルク」に乗り換えてからの僕は、アイドルというものに全く関心がなかった。

ところが、僕の中で、そのアイドルおたくに近いことが起きているのかもしれない。

直接的には、ナーナリスト(?)の津田大介さんがやっているラジオ番組を、今日初めて聴いたからだ。ツイートが流れてくるのはずっと前からだったけど、今日のプライムニュースはつまらなそうだったのと、ラジオが面白そうだったので、たまたまラジオを聴くことにしたのだ。

大変面白い内容だったので、他の番組との兼ね合いを考慮しつつ、今後も夜のJ-Waveは聴いていこうと思った。

それは、タイトルからすると間接的なことなんだけれども・・・。

実は僕、この1年か2年、アイドルの追っかけをやってるようなものだ。

それはちょうど2年近く前のことだっただろうか。当時NHKを辞めたばかりの堀潤さんがテレビに出ていて、「コンプライアンスを遵守していたら報道はできない」といった趣旨の心情を抱いたそうでフリーになり、活動し始めたところだった。この堀さんの姿勢にとても感動して、そこからツイッターもフォローしたりしているわけだが・・・。

やがて堀さんが出る番組はチェックするようになった。昨年から Tokyo MX の朝に放送されているモーニングクロス。あれはなかなかすばらしい。朝が忙しくてTwitterで参加できないのが残念だけど。

あとは田原さん。5年前に「朝まで生テレビ」を見始めてから、彼が出演すると分かった番組は、可能な範囲で見たり聞いたりするようにしている。正直、若いジャーナリストと比べれば「それってどうなん?」と思うこともあるが、歴史的な事情とか、特に戦争の体験から「偉い人の言うことは信じなくなった」ということなど、参考にすべき意見はたくさんお持ちで有る。

で、そのつながりで、津田さんのこともウォッチするようになった。また、ジャーナリスト以外でも、勝手にTwitterフォローして、意識の高い人々の発言を、自分の人生に活かしたいなあと思うようになって、いろんなところで、できるだけ多くの意見を読んだり聴くようにしている。

それでだ。まあ、それってAKBおたくと変わらんなあと・・・。僕はジャーナリストだけど、彼らはAKBなのだ。ただそれだけ。

ただ、もしも何科の違いがあるとすれば、僕は全盲なので、「言葉で楽しめる領域」の人々についておっかけをしているのかなあとは思う。AKBの人々も、単品ではなかなかいいことを言うけれど、でも、そんないちいち単品の発言とか見てないし、AKBってぶっちゃけ見た目で入るっしょ?だから、もう僕はアイドルはだめなんだと思う。ジャーナリストのような人なら、おかっけてもいいかなあとは思う。

ということで、僕は実は本質的にAKBおたと変わらないようです。対象が違うだけでね。おほほほほ。

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プロフィール

結論の出ない駄文を残すことが趣味です。ついでに頭でっかち。
視覚障害(全盲)です。誤字脱字は、どうぞご勘弁ください。

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