日常 一覧

9.13

  • 日常

もうすぐ9月13日。しつこいようだが、2008年9月13日に、アジアのある国で百万人規模の被害者を出す地震と津波が起きるらしいのだ。

これは、ここでも何度か触れたブラジル人が夢に見た未来である。つまり予知夢だ。前はジョゼフィードさんと書いたが、本当はジュセリーノさんというらしい。

詳細なところは分からないが、テレビの情報から考察する限り、2007年の出来事については、あまりこの予知夢の信頼性は高くないといと考えられる。

だが2008年9月13日というのはかなり具体的な日付を表しているため、この予知夢が当たるかどうかは見物である。個人的には、5月の中国の大地震だって酷い災害で、確か数万人の被害者を出しているはずなのに、何故そっちには触れていなかったのかも気になるのだが。もしかして予知夢をまとめた書籍を出していて、そこには触れられていたのだろうか。

もし9.13の予知夢が現実となれば、いったい世界はどうなってしまうのだろうか。アジアと言ってもひろい。日本という可能性もあるが、インドネシアの方じゃ数年前にもそうした被害があったのだから、そちらという可能性も十分に有り得る。

そういうわけで、9月13日には遊ぶ予定が入っているけれど、その当たりは気にするようにしなければならないなあ。


と書いてからGoogleで検索してみると、ジュセリーノさんの公式サイトを発見。日本事務局があるようだ。なるほど、テレビで取り上げられもしたので信者がいるんだろう。またWikipediaにも記述があった。

とりあえず日本事務局のトップページにリストされていた2008年分の予言を見てみた。5月に中国で地震があるという記述を発見したけれど、5月より以前にこの記述があったかどうかは定かでない。また、9月13日の地震は主に中国で発生するようだ。中国でない場合は名古屋だとのこと。おいおい。

この他にも今年の予言を抜粋すると、8月に東京で地震が起きるとか、9月にエンパイア・ステートビルがテロに遭うとか、HIVのワクチンが試験的に作られるとか、鶏インフルエンザが流行して死者が出るとか。

今後数十年先の予言についてはWikipediaに記述があったが、大まかにいうと、火山の噴火で将来氷河期になるとか、ニューヨーク市場が崩壊して資本主義は機器を迎えるとか、100メートルを超す津波が世界中で発生するとか、そういうことが今後起きるらしい。

さてこれらについて考えてみよう。

まず地震に関する予言は非常に多い。でも、地震なんて下手したら毎日起きているので、場所と時間、規模が的中しなければほとんど予言としては無意味である。過去の地震についてはそれなりの精度で的中しているものがあるようだが、今そんなことを言われても信じられない。

次に、爆弾テロなどの予言は比較的当たっているようだ。だがこれも、世界情勢を細かく分析すれば自ずと導かれる結論のようにも思える。全体的に、自然災害に関する予言よりは、こうしたテロなどの予言の方が的中しているように見える。

そして今後の予言について。氷河期がくるというのは科学者によって考えられている説の1つであるため、そうした情報を元に主張している可能性が高い。また小惑星の衝突に関しても同様である。ただ小惑星は2029年に地球にかなり接近することは確認されているが衝突はしないということなのだが。

あと、数年後に「厚さ0.01ミリメートルのコンドームが開発される」という予言があった。ジュセリーノさん、こういうものが欲しいんだろうか。俺も欲しい。

とりあえず皆さんも探して見てみると良いが、事実と照らし合わせてみたときに、90%の的中率というのには少々疑問を感じずにはいられない。それに、日本事務局には日本に関する予言もいくつか掲載されているが、ほとんど当たっていないのだ。たぶん日本向けに適当に予言したんだろう。しかも地震が起きると予言されている地域は、昔から地震が起きるのではないかと言われている地域が多い。東京とか名古屋とか。

まあ、そういう考察により9.13も平和に過ぎると思うけれど、万が一予言が当たる場合は、名古屋での地震はやめてほしいものだ。実家が崩れても困るので。

さっき、東京都交通局の職員が少女に乱暴しようとしたというニュースをやっていた。なんでも、地下鉄に子供切符で乗ろうとした17歳の女子高生を休憩室に連れ込んだようである。

この事件だけ聞くと、この職員は馬鹿なことをしたなと思う。でも、ニュースでは女子高生の罪にはぜんぜん触れられていない。高校生は子供切符で電車に乗っちゃいけないんだぞ!!

それを理由に女の子を乱暴しようとするのも悪いが、女子高生の犯罪だって見逃してはいけない。女子高生の供述がうそであるという可能性も否定できない。職員が無実だとすると、休憩室に呼んだ職員は馬鹿だ。窓口で注意して金払わせれば問題なかったのに。

女子高生の供述が正しいなら、その職員はさようならということになるが、だからって子供切符で乗るなよ。どうせそういう女はつけあがって、これからも「悪いことをしたときに自分が被害者であるかのように振る舞うことで自分の罪をもみ消すことができる」という馬鹿な発想をしないともかぎらない。まぁこれは女に限ったことではないのだが。

だから、お互い公平に罰してね、警察の人。取り調べの様子も録音したり録画したりするようになるかもしれんのだから、そうやって通報してきた女の子に迫っちゃだ~めよ!

SEX

  • 日常

久しぶりなのでいっぱい書こうかなと思っている。そう、酔っている。

セックスしたいなあ。なんて思うのは卑猥な人間の発想だ。だが男の大半は卑猥な考えを持っているのでしかたないだろう。気をつけろ、ジェニファー。

だがセックス(sex)ってもともと性別の意味じゃなかったか?maleとfemaleだろう。そんなことも分からんのか!!なのに何故日本では性交渉を表す用語として定着してしまったのだろうか。FUCKだろFUCK!

そう、シャナが「子供の作り方教えて」って言ってるシーンを見たからさ、そういうことを思ったんだよね。子供がこういう疑問を持つといろんな人に聞くものだが、思えば俺はどうやって子供の作り方を学習したのだろうか。

俺が小学校5年生のときに初めて保健体育の教科書をもらった。運動のことなんか1ページも読まずに、2次性徴についての記述を必死に読んだ気がする。そこで、女の子には月経という、それまで想像もしていなかった現象が起こると知ったし、ちんこから精子(厳密には精液)が出ることも知った。だからこそ、いつものようにオナニーをした朝、突然手に液体が付着したあの日、「俺は大人になったんだ」と思ったものだ。

だが受精のメカニズムについての記述は教科書にあったがプロセスの記述は全くなかった。卵子に向かって精子が女性の膣の中を泳ぎ、卵子まで到達したものだけが受精できると書いてあったのである。これで本当に意味はあるのだろうか。俺は「夢精しただけでパンツの中から女の人のまんこに精子が移動すると本気で考えた。

だが実際はご存じの通りである。夢精しただけじゃ子供はできない。性交渉によって子供はできるのであって、まんこにちんこをぶち込まなきゃ子供はできないのだ。それを子供にも教えた方がいいだろう。

セックスが気持ちいいのは、たくさん子孫を残しなさいという神の与えた性質なのだろうか。でも今は子供がたくさんいると生活が苦しくなる社会。小作りに快楽が伴わなければエコな性生活がおくれるかもしれんなぁ。目指せエコセックス。子供が減れば社会保障は苦しくなるけど、たぶん地球には優しいぞ。

例の講演

  • 日常

本日はノスタルジーにひたるため、例の講演へ行っていた。分かる人には分かる例の講演。

とりあえずコンビニでブツを買って、旧ジャパネットの脇を入る。なつかしい神社。昔のようにここで2杯ほどやった。ああ、昔を思い出すね~この感覚。最近じゃ冷えたビールしか飲まないけれど、生ぬるいビールというのは青春時代を彷彿とさせる味がする。

そこで1時間ほど考え込んでから例の講演へ行く。だれもいない。じつをいうと1時間前にきたら糞が気が花火をやってたので神社脇に引き返したのである。が、夜の9時ともなればもう餓鬼はいない。のでベンチに座ってゆっくりする。イツの魔にこの講演から灰皿が消えていたのだね?困ってしまってワンワン言いそうになったよ。

まぁ、ほとんどの時間ポータブルラジオで野球を聞いていたので、ノスタルジーにひたるというより単に外で飲んでいただけだったのであるが。いつもより酔ったよ。弱くなったのもあるだろうが酔った。

帰りは結構必死だったぜ。券売機で切符を買おうと思っていたのにいつの間にか過ぎていて階段でつまづきそうになるし、適当に改札に切符をつっこんだら改札が動かなくなったし、ホームで待っている人のスーツケースを倒したr倒したりしたkれども。なんとか帰ってきた。マカロニサラダを買って。

話はぜんぜん違うが、こんなこと書いていいかどうか分からんが、友達のお母さんが亡くなったそうだ。悲しい。なんて言っていいか分からない。でも、親孝行せんとなあと思った。だから親孝行しよう。できるうちに。

The End of the Century.

主張

  • 日常

今日の疑問。競泳で、今回のようなオリンピックや世界選手権のときに、女子の選手が生理になっちゃったらどうするんだろう。学校のプールなら「今日入れません」でいいけどさ。生理でもオッケーなやり方があるんだろうか。

ぜんぜん話は違うけれど、俺は障害者の体験を健常者がするという行為には意味がないと思うのだ。

「全盲の人の体験をしましょう」と言って健常者に目隠しをして歩かせたりすることがある。学校の体験学習とかボランティアの時間とか、そういう授業で多いのではないだろうか。

だが、これは真の意味で全盲の体験をしたことにはならない。むしろ間違った感覚を植え付けてしまうかもしれない。

このような体験をした人に話を聞くと、「怖くてぜんぜん歩けなかった」という感想をよく耳にする。そんなの当たり前だ。今まで見て歩いていたのにいきなり目隠しされたら、そりゃだれだって歩けるはずがない。そして、たいていの場合全盲は初め一人で歩けないだろう。従ってここではスタートラインが間違っている。

真の意味で全盲を理解するとしたら、1ヶ月ぐらい目隠しした状態で過ごしながらリハビリ訓練を受けることによって、全盲が生活するための技術を身につけるところまでやらなければならないと思うのだ。いきなり目隠しされた健常者は、全盲をスペシャリストのように誤解してしまう可能性があるが、全盲はむしろいきなり目隠しされた健常者と同じラインからスタートしているのだ。それを、あたかも初めのラインがぜんぜん違うかのように体験させることは無意味である。

そもそも、健常者が障害者の気持ちや状況を理解するなんて不可能だと思う。一般論として、同じ体験をした人のことはよく分かると言うが、それだったらみんな一度障害者にならなきゃならん。今の医学では、片足を失った人に再び元通り片足を取り付けてあげることはできないし(義足はあくまで義足である)、見えなくなってしまった人をもう1回見えるようにすることはできない。すべての病状に対してそのような技術が可能であれば、とっくに俺は手術をしている。

このようなことから、一度障害者になってしまったら、健常者に戻ることはほぼ不可能なので(可能な場合もあるかもしれんが)、健常者が完全に障害者を理解することは不可能である。

だから、俺としては気持ちなんて理解してくれなくてもいいと思う。本当に理解して欲しいのは、できることとできないこと。頑張ればできることは障害者が自力でやるべきである。ただ、頑張ってもできないことは手をさしのべてもらえれば助かる。従って障害者体験なんてしなくていいから、できることとできないことを知識としてきちんと教え、援助方法を実践するような体験学習を今後取り入れていってほしいものだ。

北京オリンピック

  • 日常

産まれて初めて、今年はかなり真剣にオリンピックをテレビで見ている。今まではそんなに大したイベントでもなかったのだが、どうせ暇だしやることもないので、午前中は競泳、午後から夕方にかけて柔道を見るのがここ数日の日課であった。さらに、たまにバドミントンを見たり、一昨日からは野球も始まったので、ますますテレビの前から動けないのである。

野球は1戦目キューバに負けてしまったものの、昨日の台湾戦はいい形で勝つことができた。今日のオランダ戦はまぁ心配ないだろう。今のところヒットは許していないし。

柔道だけれども、期待されていた選手の予選敗退とか銅メダル止まりというのが目立っているが、それでもみんなガンバっていたと思う。金メダルだって女子と男子合わせて4つ取ったわけだし。

どの階級のときだったか忘れたけど、フジテレビが柔道の中継をしていたとき、古田が司会をやってたんだけれども、日本人選手の試合の直後、「いやぁいい相撲でしたね~」と言っていた。あわてて訂正してたけど、あれは受けたね。一緒にやってた女子アナなんて、我慢できずに大笑いしてたなあ。そういう面白い光景が他の局でもみられるといいんだけど・・・。

そういえば今日の女子78キロ超級の決勝戦の前、日本代表の塚田さん、鼻くそほじってたようで・・・。ばっちりカメラに映ってしまったようである。鼻くそはどこでふいたんだろうか。胴着でふいたんか?だから負けちゃったんじゃないだろうか。ちゃんとティッシュを使っていれば金メダルだったかもしれないのに。残念だ。

ついでにだが、男子100キロ超級で金メダルを取った石井さん。試合が終わってインタビューできるエリアにくる途中から、どうも一人でぶつぶつ言っていた。ひょっとしてインタビューの練習だったのか?練習の成果を発揮するためかどうかは知らないが、インタビューのときにはたくさん物を言っていた。「僕は全日本チャンピオンなんで、僕が負けたら日本の負けだと、斎藤先生に耳にたこができるほど言われました」とか「こういうのもなんですが、オリンピックのプレッシャーなんて斎藤先生のプレッシャーに比べれば屁のすっぽりです」とか。だれだ、斎藤先生って。最後には「今は遊びたいです」と言った後、インタビュー終了直前に「練習したいです」と訂正するし。どっちだ?

放送席では「練習したいという言葉を採用しましょう」とアナウンサーがいうと、解説していた篠原さん、「あんまりしゃべらない方がいいですね~」と辛口コメント。他の選手にの評価はそんなに悪くなかったけれど、篠原さんは石井選手があまり好きじゃないようだ。まぁ、俺もちょっと調子に乗りすぎなようは気はしたので、篠原さんを支持しようかな・・・。

余談だが、この篠原さん、俺の認識が間違っていなければ、2000年のシドニーオリンピックの決勝で、疑惑の判定によりフランス人に負けた篠原だよなあ。今大学でコーチやってたんだ。知らなかった。

ところで、女子の体操がガンバっていたようである。とても若そうで、チームの中には15歳の選手もいるとか。ただインタビューを聞くと、声が「アキバ系アイドル」にしか聞こえない。見た目は知らん。でも、あれはたぶん声優で頑張れると思うな。そっちの路に進む人はおらんかね?

かんせい

  • 日常

数日前のことである。面接の帰りに南部線に乗ったのだが、近くにいたカップルがこんな会話をしていた。大学生ぐらいだと思われる。

男: 「南部線の風景ってさ、すごく閑静だよな」 女: 「閑静って何?」 男: 「え?閑静?それはつまりだな、ええと・・・、昔ながらの感じでおちつくってことだよ」 女: 「なんだ知らないのかよ~!自分が知らない言葉は使うなよ」 男: 「別にいいだろう。とにかく、いい風景だって言いたいんだ、俺は」 女: 「ふーん。で、それって慣性の法則の慣性と違うの?」 男: 「あほか、違うに決まってるだろう。慣性の法則って何か知ってるのか?」 女: 「動いてる物体がキュキュキューって急ブレーキするやつでしょ」 男: 「まぁ言いたいことは分かるよ。なんとなく伝わるよ」 女: 「それで合ってるの?」 男: 「違うよ。慣性の法則ってのは、動いてる物体に力がかからないと、だんだん動きが遅くなって最後には泊まるって法則だよ」 女: 「ほんとかよ」 男: 「ほんとだよ」 (以下略)

やばい、やばすぎる!笑いをこらえるのがつらすぎる。

まず前半の女の主張「知らない言葉使うなよ」には大いに賛成。しかも男は勘違いしてる。「閑静」というのは「町の騒がしさが聞こえず物静かな様子」である。確かに南部線の周辺は閑静な住宅街が多そうだけど。

そして、そこから慣性の法則に持っていったのは、ある意味いい反応だろう。いつだったかの「重力のWは "Would you like" の W なんだよ」と言っていた女よりはましと言ってやってもいい。

けれど、「キュキュキューって急ブレーキ」って・・・あんた・・・もうちょっと大人らしい表現はできなかったのか?っていうか、物体は車だけじゃないんだぞ。

おまけに二人とも慣性の法則を完全に勘違いしている。高校で物理はやらなかったんだろうか。慣性の法則というのは、物体に力が加わらないとき、運動している物体は等速直線運動をし、静止している物体はそのまま静止する、という性質のことだ。あの、動いている物体が止まるというのは、なんらかの力が加わるから止まるんですよ。

ウプ!すいません。ごめんなさい。いやでも、若いっていいですな~。あぁやってどうどうといい加減なことを言えるとは・・・。

彼らから、「電車とかで物の説明をしたり知識をひけらかす事はやめよう」という教訓を学びました。アーメン。

水着

  • 日常

俺は前からずっとおかしいと思っていた。なんで男子と女子で水着の形状があんなに違うんだろう。

男子はパンツ、女子はワンピース。男は基本的に上半身裸である。それに対して女は上半身も水着でおおわれている。

レーザーレーサーだったか忘れたが、最近は水着の種類で泳ぐ速さも変化する時代、男だってワンピースを着るべきだ。と、俺はオリンピックの競泳を見ながら思うのである。競泳選手の中にはワンピースの水着を着用している男子選手もいたけれど、学校にもそれを徹底させてほしいものだ。

そう思う理由として、男は成長するとやや見苦しくなるからだ。胸毛は濃くなるし腹毛は生えてくるし脇毛もあるし。そんなもん大々的にお披露目せんでもいい。もちろんむだ毛処理は欠かせないが、女みたいにいちいち気をつかってられないこともあろう。

もう俺は学校で泳ぐことはきっとないけれど、男だってワンピース着ようぜ。男だけ裸を露出するのは不公平だと思うぜ。だったら女も上半身は露出しろ!

ただ女子の水着も男子のような水着が一般的になると、別に改善する必要はないと思うよ(笑)。むしろそっちの方が良い解決策なような気がしてきた。頼むぜ加藤さん。だれだそいつ?

今日は男と女について書いてみようと思う。一部エッチな表現が出てきても気にしないでくれ。俺は真面目だ。そう、真面目な俺が語るんだよ。

事の発端は俺の1つの疑問から始まった。「健常者は学校での学習や友人同士でのコミュニケーションによって性に対する知識を習得していくが、盲学校に通う生徒は全く同じようにはできない。それが性に対する意識にどのような影響を与えるのだろうか。」

学習という点では学校や先生ごとに差はあると思われるが、基本的には学習指導要領などにより標準化されているものと考えてよい。問題は友人同士でのコミュニケーションによる性知識の獲得や概念形成である。

例えば、普通の中学生男子ともなれば、講演に捨ててあるエロ本を拾って読んだり、密かにAVを入手して鑑賞したり、友達とそうした会話をすることによって、ともかく知識を獲得していく。正しい知識かどうかはとりあえずここでは考慮しないことにするが。

しかし盲学校に通う中学生男子って、そういうことをするやつは少ないと思う。小学生のころから盲学校にいる人は、地域に友達も少ないだろうからこうした経験も少ないだろうし、全盲にいたってはほぼ皆無だろう。だいたい、全盲の人は講演に落ちているエロ本の存在を認識することもできないし、拾ったところで読むこともできない。何か分からないホンを拾って歩いていたら変態に間違われるだけだ。

ただ一部上級生からAVに類似するものを借りるケースはある。ただ、弱視ならまだしも、全盲は声だけを聴くことになる。したがってセックスというものの全貌を知ることは難しい。性欲は満たされるかもしれんが。

盲学校は生徒数が少ないから、そういう会話も幅広い視野からの知識は期待できない。むしろ、下ネタを話すだけで痛いやつだと思われ、先生からも怒られることだってあるようだ。現に俺は中学生のとき、盲学校の友人とエロイ話をしたことがない。何故かはよく分からないのだが・・・。

他にも、少人数であることの特性から生じる現象により、性に関するコミュニケーションが取りづらいという原因も考えられる。例えば、「あの女子はかわいい」とか「あいつはブスだ」などと男同士の間でうわさすると、いつのまにか女子に伝わっている。もっと痛いのは、女子も男子も、人数が少ないのと昔から一緒にいるため異性として認識することが難しいのだ。

小学校高学年とか中学校になると、盲学校の場合、生徒より若い先生の方がかわいかったりかっこよかったりするのはざらだ。少なくとも俺は先生しか見てなかった(笑)。だって、かわいい女子がいなかったんだもん。それに綺麗な先生は数人いたから。

そして、このような状況は性に対する意識に影響を与えていると俺は考えている。実際に現場に立ち会っていたのだが、弱視の男が若い女の先生の腕をつかんで、息を吹きかけていたこともあった。これに何の意味があるのか俺は知らないが、彼にとってはそうすることで性欲が満たされたんだろう。ただ、この行為にはモラルが欠如しているということが問題である。そりゃ、だれだってそういうことしたいけどさ、やっちゃいけませんって言われたでしょ。

あるいは、どのように自分の性欲を満たせばよいか分からないというケースもあるだろう。障害者は全般的に過保護なケースが多いので、AVなんぞに触れることのできない人は、エッチなことを創造することはいけないことだとか思ってしまうかもしれない。学校で「エッチなことを考えるのは正常です」と言われたところで、それを親に話してもAVを買ってくれるわけでもなかろう。そこでAVを買い与えてくれるような親は、むしろ酷い過保護だろうと思う。

そのような場合、「先生の声をテープで録音させてください」というお願いをしたりという、あまり一般的でない方法を使って欲求を満たそうとするようだ。「先生の声を録音させてください」というのは実際に聞いたことがある。言われた先生は困ったようだけれど、勉強の内容を録音するということで了承したそうだ。ああ、なんか懐かしいね~。俺も先生の声でオナニーしたなあ(笑)。俺は公的に録音されたテープを使用していたけど。

これぐらいならまだかわいい方だ。問題なのは、やたらと身体に触ってくる人とか握手を求めてくる人。握手ならそれでもまだいい方だけれど、全盲にはやたら身体に触れてくる人がたまにいる。相手が男だろうが女だろうが関係ない。なんか、触ってくるのである。相手が女の子だと髪をなでたりもするらしい。はっきりいって、同じ全盲としても気持ち悪い。それじゃただの変態だ。そりゃ、「僕は目が見えないのであなたの水着姿を拝見できませんから触らせてください」という気分にはなるが、普通そこは理性が働く。相手がどこにいるか確認したいときは声で呼べばいいわけだし、手引きされるときなどは必要以上に相手に接触しないのが基本だと俺は思うのだ。それをベタベタ触るなどとは・・・。やめてほしい。っていうか、そういうことって盲学校では教えないんだろうか。俺のいた盲学校では一応そういうことについて先生がしゃべっていた。ただぜんぜん話をしないところもあるんだろうなあ。

以上の考察から俺は以下のような結論に達した。

第2次成長期に同年代の生徒との関わりが薄い盲学校の生徒は、環境によっても差はあるが、一般とは少し異なる性知識や感情を持つことがある。一部には性に対するモラルが欠如している場合もある。同年代の生徒とコミュニケーションすることで膨大な性の知識から正しいものを取捨選択できる健常者とは違い、盲学校に通う生徒には彼らの特徴を考慮した性教育が必要であろう。

以上、俺のオピニオンの発表を終了する。ご苦労様でありました、軍曹。除隊を許可する。さようなら。ガンダム。

本日の体験

  • 日常

実家に戻ってきた。鰹の刺身はうまいね~、ほんとに。最高だ。

ところで、帰る途中の新宿駅で女の人に声をかけられた。それはまぁいつものことなのだが・・・。そしていつものように適当に会話をしていた。

で、「これから買い物ですか?」と聞かれたので「いえ、実家に帰省するんです」と答えたら「実家はどちらですか?」と尋ねられたので「名古屋です」と少し見栄を張って答えたのである。俺の実家は名古屋には近いが名古屋じゃない。余談であるが、うちの方から東京へ出て行った人は、たいてい出身地を聞かれると「名古屋です」と答えているという話を聞いて、「俺はぜったいにごまかさないぞ」と強く心に決めていたのに、いつのまにか「名古屋です」と言うようになってしまった。言い訳をするとだね、名古屋って言った方がみんな理解が速いのですよ、ええ。それだけなんですよ!

話を戻そう。それで「そうなんですか。あの、ラジオとか聴きますか?」という話になったので聴きますと答えたら、「東海ラジオなんかはどうですか」と言われた。ぶっちゃけ、俺はCBC派である。東海ラジオは、中日戦を神宮球場でやっているときと、東京に出てきてから中日戦をラジオで聴きたいとき以外は聴かない。ほんと、小学校高学年からCBCに浸って生活してきたのである。

というわけでそう話すと、なんとその人、「私、東海ラジオでパーソナリティをしています」とおっしゃるではありませんか。あらあら、びっくり。ちょっと失礼なことを言ってしまったかもしれん・・・。そして前述のような事情で俺はその人がだれかぜんぜん分からなかった。でもなんか偶然だ。

で、番組の時間を聞いてきたので実家に着いてから早速番組表を調べてみると、それらしい番組を発見。だれがやっているかもそこで分かった。そして、一応ググってみたところ、Wikipediaに詳細を発見してしまった。それによると、この人、そこそこ有名人らしい。東海地方では20年ほど番組を持っているし、歌手だったり声優だったり作家だったりと、いろいろと活動なさっているようだ。ライブの観客動員数もかなり多いし、なんとAmazonでシングルCDが1位になったこともあるとか・・・。

俺はそんな有名な人と話をしていたのか。ぜんぜん気づかなかったぞ!そういえば、声優でこの人と同じ名前の人をどこかで見たことが有るような無いような・・・。ただ出演作品を見てみると俺の見たことのあるアニメは1つもなかった。

そういうわけで、東京で暮らし始めて、ええと、たぶん7,8年ぐらいになるが、初めて有名な人に出会いました。次は水樹奈々か釘宮理恵に会えますように。

このページの上部へ

プロフィール

結論の出ない駄文を残すことが趣味です。ついでに頭でっかち。
視覚障害(全盲)です。誤字脱字は、どうぞご勘弁ください。

サイト内検索

最近のピクチャ

Powered by Movable Type 5.2.10