「硫黄島からの手紙」という映画がある。今となっては結構昔の映画だ。

この中で、私の印象に残っているシーンは、映画後半で日本軍が米軍から猛攻撃を受けている中、アメリカ兵の捕虜が持っていた手紙を日本軍の中佐が読み上げる場面だ。その後、日本兵は、結局アメリカ兵も自分たちと同じ人間だということを理解する。戦闘の場面はアクションとしてはいいのかもしれないが、銃の効果音が流れていてワクワクするだけなのだ。

ここで書きたいのは、映画の良さとか解釈の素晴らしさとかではない。視力の有無というのは、映画などの映像中心の作品において、視聴者が受ける印象に関わりがあるのだろうか?ということである。

当然、映像から受ける印象は、視力があれば大きいこと間違い無しだ。台詞も言わず役者の動きや表情、背景の映像で決定的な1場面を作ることもあるからだ。例えば、「プライベート・ライアン」のノルマンディー上陸作戦のシーンとか。他にもロマンス映画で、意中の二人が見つめ合うというシーンは、まあストーリーのどの部分かにもよるけど、印象的だと思う。

一方、視力を使わずに映画を見ると、少なくとも前述のような映像を印象的だとは感じないはずだ。効果音が素晴らしいとかいう理由は、あるかもしれないけれど・・・。でも、どちらかといえば、俳優の台詞が多い場面とか、ある程度何してるか推測できる場面に限定されてくるのではないだろうか。

では、ここに「音声解説が入ったらどうなるの?」というのを考えてみたい。基本的には映像でしか分からない描写を音声解説するわけだが、映画を楽しむと言うより、実写小説を見ているような感覚に僕は捕らえてしまう。なので、結局、映像美などといったことにはあまり関心は持てず、言葉、特に役者が発する言葉のやり取りが多い場面が、やっぱり印象に残る気がする。音声解説は平易な語調であり、感情が乗ってくるのは、やはり役者たちの演技だからね。

元々の情報量が少ない上、音声解説があっても100%の情報量補完はできないので、引き続き、映画館での障害者割引は続けていただきたい次第です。関係者の皆様、よろしくお願いいたします。

すいません、「割引万歳」と主張するが為に理屈を付けた下らない文章でした。かたじけない。