TPP(環太平洋経済連携協定)の交渉に日本が本格的に参加してから2回目の会合が、先日行われた。テレビ・新聞を含め大手メディアでは、農業・医療・自動車等の産業に対していろいろと議論されている。だが、ほとんど、いや、全くと言って良いほどに取り上げられないのが「IT業界」である。まぁ、農業や自動車産業に比べると、ITは「日本のお家芸」とは言い難いけれども、本当に議論しなくて大丈夫なのだろうか?米等の関税を死守することも大切だが、ITはどうなの?

いきなり余談だが、軍事の話題をメディアが取り上げるときも、サイバーセキュリティのことはほとんど語られず、従来型の陸・海・空の防衛についてばかりだ。エドワード・スノーデンの件でちょっとは関心を持たれたかもしれないが、日本のマスコミが防衛を議論のテーマにするときは、だいたい離島の話が多い。もちろん、サイバーセキュリティについて全く取り上げられていないわけではないが・・・。

さて話題を戻してTPPのこと。

インターネットで世界が繋がっている今、ITに自由貿易も何もなさそうに見えるが、実際のところ、TPPとIT業界は関係ないのだろうか。疑問に思ったので考えてみることにした。

まず、同じように考えている人たちのブログに目を通してみた。

次に、ニュースサイトも取り上げてみる。ピンポイントでIT業界について書かれたニュース記事は発見できなかったが、関係しそうなものを挙げてみる。

最後に、FAQのサイトで質問している人もいるようで・・・。IT業界の方の回答が乗っています(回答というより期待感みたいな感じだがが)。

これらのWebページは適当にググって出てきた記事なので、きちんと探せばもっとたくさんあるかもしれない。また、日本のTPP交渉参加前に書かれたものが多いので、実は状況が変わっていることもあるかもしれない。

では、取り上げた記事の要点をまとめつつ、私の意見も残しておこう。まぁ私は素人だし、ほとんど思いつきだが・・・。

全体的な私の印象として、「やはりIT業界には影響がない」と感じた。それはネガティブな意味でもポジティブな意味でもだ。

IT業界と言っても、パッケージ製品を販売する会社からSI(システム・インテグレーション)業界、クラウド、ソーシャルサービス、そしてITインフラと多岐に渡る。

このうち、ほとんどの分野はアメリカの企業が大きな市場を占有している。

例えば、ITになじみがない人でも、FacebookやTwitterはご存じだと思うが、アメリカの企業である。Mixiは日本で流行した初のSNSだったと思うが、世界ではぜんぜん流行らなかった(Mixiの場合は世界に出ていく気はあったのか知らないが・・・)。そういう意味では、LINEにもっと頑張って欲しいところである。

また、Windowsといった基本ソフトもアメリカ企業(Microsoft)が作ったものが大変広く使われている。言わずもながら、Google先生も、リンゴちゃん(Apple)も、アメリカの企業だ。インフラ系だと、CiscoとかVMWareとか、多くの企業のITインフラを支える技術はアメリカ企業の技術だ。ちなみに予断だが、私はVMWareを「インフラ」と考えている。まぁ、コンシューマ向けのコンピュータ周辺機器は、国内メーカー(BUffaloとかIO-Dataとか、その他伝統的な日本メーカー)が(きっと)広く使われていることは悪いことではない。

これらの分野で日本国内の企業が世界進出するには、かなり先進的化斬新的な製品・サービスを作る必要がある。そして、これまでの経験から言って、一定程度、政治が後押しして脅威を取り除く必要がある。国産OSのTronがアメリカにつぶされたのはあまりにも有名な話だ。

アイデアに関してはTPPに参加するか否かに関わらず、一般的に言われていることである。故に、TPPに参加したところで状況は対して変化しないだろう。もちろん、今の時点でこんな状態なので、外国から新しいものがどんどん入ってきて日本の業界が脅かされる、といったこともない。それはとっくの昔に起こっている。

だが、一つ。SI(システム・インテグレーション)だけは、国内市場で日本企業の需要が高い。

日本のSI企業は顧客の業務内容に沿って、顧客毎に個別にシステムを作ることが多いし、そういうやり方に顧客である企業も慣れている。一方、アメリカではパッケージ製品に業務を合わせる方式がほとんどだそうである(他の国は知らない)。そのため日本企業は海外製のシステムをぜんぜん使いたがらないし、おかしなことに、優秀な海外製パッケージを日本風にカスタマイズして売ったりもしている(ERPとかね)。

で、SIの業界がTPPでどう変わるかというと、参考にしたブログ記事にあったように、雇用の流動化によって外国人を雇うケースが増えるかもしれない。今でもプログラミング等の製造工程はオフショアすることが多いが、もっと直接的に外国人を雇ったり、逆に日本から外国へ社員を移すこともあるかもしれない。

でも、ぶっちゃけ、それぐらいしか変わりそうなところがない。先ほど述べたように、システムに対するスタンスというか文化が日本と外国で違うので、例えば富士通がフォードの業務システムを作ることはまずないだろう。

仮に日本のSI企業がTPPで変われる、または何かを変えることができるとすれば、それは「公共分野の解放」かもしれない。かなり厳しいようだが、日本政府は、アメリカの公共事業に外国企業も入札できるように緩和を求めているとのこと。すると、アメリカの公共システムを日本企業が受注できる可能性も、0ではなくなるかもしれない。となると、市場が頭打ちになっているSI企業の多くは延命できるかも。

まぁ、望みは薄いが・・・。これに肯定的な要素があるとすれば、アジャイルが流行の昨今でもウォータフォールの優越性を信じてシステムを作る大企業が、日本には多いことだろうか?(どこの企業とは言わないけれど・・・)。ちなみに、アメリカはXPプログラミングとかアジャイルが普通だと思っていたのだが、5割ぐらいの案件は信頼性が求められるので、ウォータフォールも根強く使われているらしい。本当はソースを示したいのだが、どこで読んだ記事だったか、すっかり忘れてしまった。見つけたら載せます。

(でも、日本のSI企業が延命したら、SI企業のだめな体質も延命するということか・・・。困る。)

話が脱線してしまった。

ここで、ようやくアクセシビリティの話。望みは薄いとしても、日本企業がアメリカの公共システムを作れるようになったとすると、アクセシビリティについて真面目に取り組む必要がある。

私は素人なので間違っているかもしれないのだが・・・。アメリカにはリハビリテーション法508条というのがある。この法律により、連邦政府はアクセシビリティ・スタンダードに準拠した電子・情報技術を調達しなければならない(詳細は「米国リハビリテーション法508条―内容と影響―」を参照)。すなわち、連邦政府のシステムを作る企業は、アクセシビリティもやらないといけないわけだ。

日本企業がアメリカ連邦政府のシステムに噛むことはまずないと思うが、TPPで強く要求することで、州政府のシステムに参入できる可能性は0ではない。そして、州政府も、アクセシビリティ・スタンダードに準拠したシステムを調達するのが原則のようだ。これは「米国における情報アクセシビリティ関連の法制度についての調査中間報告」の3-2-2に以下の記述があることからも分かる。

第508条は、直接には連邦政府にのみ適用されるが、アシスティブ・テクノロジー法によって、州政府にも適用範囲が広がっている。アシスティブ・テクノロジー法では、各州はアシスティブ・テクノロジーを普及するために連邦政府の補助金を受けることができるが、主管官庁の連邦教育省は、1999年6月に補助金交付の条件として第508条の順守を必要とする指針を明らかにしている。現在、全ての州がアシスティブ・テクノロジー法に基づく助成を受けているので、州政府もアクセシビリティ基準に従うことになる。

引用元は古い報告書なので、現在の状況はよく分からないが、アクセシビリティの法律・制度は、アメリカにおいて、後退することは考えにくいから、現状と大きく食い違ってはいないはずである。

となると、日本のSIerにチャンスが到来したとき、アクセシビリティ対応のノウハウを持っているかどうかが分かれ目になってしまうかもしれない。

まぁ、実態としては、大手のSIerはアクセシビリティに関するノウハウは持っているだろうから、あとはアメリカの法律に合わせられるかどうか、という話になってくるとは思うけれど。現在でも、日本国内の自治体はシステムの調達要件にアクセシビリティを盛り込んでいるので、そうした仕事でアクセシブルなシステムを作った経験は、多かれ少なかれどの企業もあると考えられる。それを、業務システムに拡大適用するだけだ。

とはいっても、それがなかなか難しい。私はユーザーとして毎日スクリーンリーダーで業務システムを使っているが、「アクセシビリティに対応するには途方もない時間とコストがかかるのではないか?」と思ってしまう。

技術はあれど予算や需要の問題で、今の日本の業務システムは、たいていノン・アクセシブルである。アメリカのように規制する法律はない。日本工業規格の「JIS X 8341」というのがあるけれど、法的規制ではない。

もっとも、アクセシビリティの壁より、システム開発そのもののメソドロジーというか思想の方が、大きい壁かもしれないが・・・。

まぁまぁ、そういうわけで・・・。そろそろ終わりにしようと思いますが。

  • TPPに日本が参加しても、やはりIT業界には大きな影響はなさそうだ。
  • TPPによって外国の公共分野が解放されたら、アクセシビリティの技術は必須となる。
  • ということなので、早めにアクセシビリティの技術と法律を勉強しておくと有利でしょう。アメリカがだめでも、アクセシビリティについてアメリカナイズされるのは時間の問題だと思うので。

あぁ、長かった。お付き合い頂き有難うございました。

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【追伸】
リンク張ったくせにぜんぜん触れなかった、知的財産権や著作権の関連でTPPの影響を受けそうな分野は、結構痛いと個人的には思う。逆手にとってもっともっとサブカルチャーを輸出できないものだろうか・・・。
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