「あけおめメールと寂しい元日、福袋の変化を感じる正月」

 明けましておめでとうございます。本年もよろしくお願いします。
早速ですが、友達への年賀メールに「あお!」と書いてみました。「あけおめ」の略です。
「おい!これはちょっと略しすぎだろ!」というつっこみを期待したのにそんなことはだれからも言われませんでした。なんと悲しい…。
つくづく俺にはコントの才能は無いなぁと思いました、はい。



 で今日は元日ですが気象時間は10時半です。
大晦日はテレビを見ながら新年になり、年が明けてからはビデオを見ていたので寝たのが午前4時ごろだったもので…。
 それはさておき、起きて行ったらもう年賀状が届いていたのですが、俺の分は1通もありませんでした。
そりゃまぁめんどくさいから最近はだれにも年賀状出してなかったし、むしろはがきじゃなくてメールを送るように切り替えつつあったので当然と言えば当然で、かつ年賀状が来たら来たで返さないといけないから年賀状が来ないというのは都合がいいことではあるのですが…
それにしたって1通も無いってのはちょっと寂しいような…気が…するんですけど…。
まぁいい、年賀状なんてものはいらん!!



 というか実家に帰ってくると特にやることもなく1日中パソコンとたわむれているので、日記を書いているにはいるものの何か書くことがあるわけでもないので、何を書こうかとっても困るんです。
そういえば正月と言えば福袋、福袋と言えばお楽しみです。
今日来たメールにパソコン関連商品の福袋の広告がありましたが、中身の割に値段が安かったので買ってみようかなぁとも思ったんですけど、やっぱ福袋の中身が分かってしまうとなかなか買う気にならないところがありますよね。
昔は福袋っていうのは中身が分からないから正月に特別に買うメインイベントの一つであったのに、最近は中身を最初から見せちゃう福袋が多くて、なんだか寂しくなったなぁと思います。
まぁ中に何が入ってるか分かるというのは、損をしない買い物ができるということだからプラスの側面の方が多いんでしょうけど…。
でも、「5000円の福袋なのにこの前7000円で売ってた服が入ってた〜!」とか、「3000円の福袋なのに5000円と2000円のおもちゃが入ってた〜!」っていう感動があったからこそ、福袋が福袋としてフルに機能していたのではないでしょうか。
今では中身を選んで福袋を買うのがある意味常識。世の中も寂しくなったもんですね〜。